随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

てごたえ

 1か月ぶりに楽団の練習会があった。

 中学生の女の子ー夢愛は漢検を受けるため欠席。今回のメンバーは女子高生ー妃菜と男子大生ー聡と私。

 

 入口に入るとすぐ前の部屋で、指揮者と事務局が会議を開いていた。私を見た事務局Yさんが開口一番、

「髪切った?」と聞いてくる。それを見た指揮者が、

「ごめんねえ、いやらしいねえこの人」と突っ込んでくる。

 特にYさんの言葉にいやらしさは感じなかったから、いやらしいっていう人の方がいやらしいなと思った。

 

 会場について基礎練を始めるが、体が固まってうまいこと音が出ない。どうしても、たくさん人がいる環境で楽器を吹くのに慣れていないから緊張してしまうらしい。リップスラーがボロボロでかなり恥ずかしかった。

 

 12時半から合奏の予定だったのが、14時半までパート練習をすることになった。昔からパート練習は苦手だ。自分の演奏で精いっぱいだから、曲のどの部分をどうするために何を練習するべきかわからないんだ。

 パート練習は、聡が仕切ってだいぶ頑張ってくれた。私は小中高と楽器を吹いているくせに音楽的な知識に乏しいので、彼のいうことに頷くことしかできなかった。私の方が1個年上なのに、こんなに頼りないのが申し訳ない。

「パート練苦手なんですよ、あんまり吹くと唇疲れるし、ホルンのパート練ってつまらないじゃないですか」と聡がぼやく。

 

 アクセントが付いた低い音は、どうやったらうまく吹けるのかなど聞いた。

「F管の方が音が割れるから」と、F管の変え指で吹くのがいいんだと教えてくれた。成る程、コツをつかむとさっきより大きい音がなった。

 そういう知識をどこでつけてくるのか不思議だった。

 

 そんな練習中、何でもないことなのだけれど、聡の座り方が気になった。彼は理科室によくある、足掛けが付いた木製の椅子に座っていたのだけれど、楽器を吹くときに両かかとを足掛けに掛けているのだ。

 上背がある彼がそんな恰好をしているのが可笑しくて、演奏している間ずっと笑いをこらえるのが大変だった。

 

 気になったことと言えば、妃菜の靴下。上履きもスリッパも履かず、靴下が丸見えだったのだけど、そのデザインが斬新というか、女子高生らしいというか。

 5本指で、指の部分にタコさんウインナーとか、卵焼きとか、お弁当のおかずが描いてあった。親指にはおにぎりが書いてあって、ここまでは普通に可愛いと思ったのだけど、あろうことか、その上に漢字で「新米」と書いてあるんだ。気になりすぎて思わず「その靴下可愛いね…」と声をかけてしまった。

 

 

 妃菜が持っているシルバーのホルンに聡の目が行く。

「ホルトンですか?」

「いや、これはコーンです」

「ホルトンとコーンって同じような系統のメーカーなんですよ、形が似てるでしょ」

私と聡が持っているのはホルトンのホルン。これで夢愛もアメリカのメーカーの楽器を使っていたら運命みたいなものを感じてしまうところけれど、学校の楽器だからどうだろうか。

「この楽器ね、多分今50歳くらいだと思うんですよ」

 聡が持っている、ゴールドブラスでノーラッカーのホルン。見た目から年季が入っていることは容易に想像できたけれど、まさか50年ものだとは思わなかった。先輩からのお下がりだといっていたから、その先輩の前の主人もいるのだろう。

 楽器は一生ものなんていうが、実際には様々な人間の人生を渡り歩いているのだ。自分が今使っている楽器も、将来は違う人の手に渡ることがあるかもしれない、ということを初めてはっきりと意識した。大切にしてやらなければならない。

 

 「楽器紹介の演奏で、どんな振り付けをするかそろそろ決めなくちゃいけないね」という話になった。

振り付けなんか普段全く縁がないので、その時間で決まるはずがない。仕舞いには聡が

「被り物でも被りますか?中学生のとき定期演奏会で、馬の被り物を被って楽器吹いたんですよ」とか言い出した。

その演奏会を観に行った覚えがあった。

「私その演奏会観に行ったかも知れない」

「本当?学ラン着て馬の被り物被った奴とドラゴンボールの仮装の奴がいたと思うんですけれど」

「見覚えある、多分それ観に行きました」

近隣の学校の演奏会を観に行ってて良かったと思う数少ない瞬間の一つだった。

 

 長いパート練習を終えて合奏会場に行くと、トランペットの男子高生ー永が声をかけてきた。

「それカッコいいっすね」

 私は楽器にサポーター付きプロテクターを付けているのだけれど、それが気になったらしい。

「でしょ?長い時間楽器持ってると小指が痛くなっちゃうからさあ」

「それ響き止めにもなっちゃうから危ないんですよね」聡も話に割り込む。

「心配だから一応穴が開いてるの買ったんですけどね」

「淀工のホルンって結構それ付けてません?」思いがけずプロテクターで話が盛り上がってしまった。

 

 永は聡の中学の後輩で、練習会のときはよく聡と一緒にいる。高校生ながら会社を経営しているらしい。人懐っこくて、高いコミュニケーション能力を持っている、可愛らしい眼鏡男子である。

 

 バンドワゴンの合奏のとき、聡が

「本番アンコールでやる時は唇持たなそうだから、ちょっとだけサボりながら吹きますね」と宣言してきた。

  ああ、やっぱりアンコールで1stを吹くのは負担が大きかったかと、自分のパート決めをちょっぴり後悔した。聡の高音域はとても映えるから、最後1stを吹かないのは勿体ないと思ってしまったのだけれど。

 

 合奏が終わって帰るときは、同じパートの人には必ず「お疲れ様でした」と言って帰るようにしている。他のパートの人でも、顔見知りならすれ違った時などに声を掛けている。自分が挨拶されたとき嬉しかったから、という単純な理由なのだけれど。

 

 

 パート練習をしていた教室から鉛筆を借りっぱなしにしていたのを思い出した。今週の練習会で返してこないと。うっかり忘れるところだった。