随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

1か月前

 

 今週の練習会は、妃菜が欠席で、ホルンパートは私、夢愛、聡の3人の参加だった。演奏会が11月23日なので、本番を約1か月後に控えての練習会だ。

 

 最近は「早く演奏会で演奏したい」と思うと同時に、「演奏会が来てほしくない」という思いも募るようになってきてしまった。

 この楽団は1か月後の演奏会のために結成された楽団だから、演奏会が終わったら解散してしまう。1か月後に解散するには、全くこのメンバーと演奏し足りないのだ。まだここで演奏していたくて、本番が来なければいいのに、と本気で考えることもある。

 考えたところで、演奏会が1か月後という事実は何も変わらないのだけれど。

 

 練習会場の体育館が開くのは10時の予定だったが、会場の都合で12時に変更された。会場に入ると聡に会う。顎先の無精ひげが伸びている。

「こんにちは」

「今、手が空いている人で上の階から打楽器を運んでる感じです」と言われたので音楽室に向かったけれど、着いた時には全て運ばれた後だったので、手持ち無沙汰に1階に降りた。

 

 楽器と譜面台の準備をする。練習会のときはどうしても緊張してしまって、楽器にオイルを差すのも、譜面台を立てるのもどこかぎこちなくなってしまう。手が滑らかに動かない。

 楽器を鳴らしてみる。先週の練習のときより、大きな音量で吹けている気がした。最近鳴らすのが難しいと感じる下のトの音も抵抗なく鳴ってくれたのが嬉しかった。

 

 合奏前、聡が「僕、今日絶不調なんで…」と言ってきた。それはセルフ・ハンディキャッピングというものなのではないかと、少しムッとした。

 聡は元々ものすごく綺麗な、ホルンらしい音を出すし、ハイトーン外したのを聞いたことがないので、絶不調と言っても私のいつもの状態より吹けるんでしょ、と聡を憎たらしく思った。

 

 合奏前、Yさんから

「普通教室は練習会場として使えなくなってしまいました」という知らせを受ける。

 何があったか分からないけれど、先週戻しそびれた、教室の備品の鉛筆を返すのがかなり難しくなってしまった。いや、諦めるのはまだ早い。練習前に音楽室から打楽器を下ろしてくるついでに教室に寄ってきてしまうことを今思いついた。今度の練習会こそ鉛筆を返してこなければ。

 

 夢愛がジャパニーズグラフティのホルンソロを吹くのを聴いてふと、いい音だな、と思った。夢愛はホルンを始めてまだ1年と半分程しか経たないけれど、時折、とても綺麗な音を鳴らす。もっと自信を持って吹いたら良いのに。

 そういえばパート分けで一悶着あった後、YさんがLINEで

 

 楽器紹介の曲を振り付けを含めて合奏することになってしまったので、休憩中に急遽振り付けを決めなければいけなくなった。3人で体育館の広いところに移動する。

 大きく動くと楽器が吹きにくくなってしまうので、向きを変えるだけにした。事前に聡が送ってくれていた、昔の定期演奏会の動画のように向き合って吹こうかとも考えたけれど、

「向き合って目が合うと笑っちゃうんですよ」と言われた。なんでわざわざ真っ直ぐ見つめ合って演奏しようと思ったのか、当時中学生だった彼らの考えは分からない。一応、試しに夢愛と向き合って楽器を構えてみたけれど、「笑っちゃうんですよ」なんて言われていたら、笑わない方が無理だった。

 

 時折、聡が「寒い寒い、」と腕をさする。せっかく長袖のシャツを着ているのだから、腕まくりをやめたらいいのに、と思ったが、口に出さなかった。

 

 先週、妃菜が履いてきたおかしな絵柄の靴下を思い出して、夢愛の足元をちらりと見た。中学生がよく履いている、白い靴下を履いていて、何を期待していたんだと自分に呆れた。

 

 私と聡と5つ6つ年が離れているのもあるのか、夢愛はいつも言葉少なで、大人しい印象を持ってしまう。でも私は知っている、指揮者がちょっとやらしいことを言うと夢愛はすぐにニヤニヤとした笑みを浮かべることを。ジュディ・オングの「魅せられて」の歌詞を、得意気に友達に話していたことを。LINEのアイコンがアニメアイコンで、一言には「すーぱーきょぬーになりたい」と書いてあることを。

  

 振り付けがあらかた決まって席に戻ろうとすると、4thの席に指揮者が腰かけて、パーカッションの人と雑談をしていたので、夢愛と顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

 

 今回の練習会で、楽団唯一のファゴット奏者が、初めて合奏に参加していた。小柄で丸みを帯びた体つきの、可愛らしい優しげな女性だった。昔、中学校で吹奏楽部の副顧問をしていたらしい。

 楽団には、彼女にお世話になったOBも多いようだったが、私は初めて見たので何となく外野の気分だったのが切なかった。

 

 アルメニアンダンスの合奏の後、

アルメニアン、僕これ以上音量出すと音が割れちゃってばっちくなっちゃうから、あまり音量出さないようにします」と聡が言う。

「分かった、その分頑張ります」としか返さなかったけれど、聡が「汚い」と言わずに「ばっちい」という言葉を選んだのが後からすごく気になってしまった。

 先週の椅子の座り方もそうだし、腕をまくりながら「寒い寒い」と言ってたのもそうだけれど、聡の言動にはところどころよく分からない、可愛いところが出てくる。

 

 練習後、ユーフォニアムの女の子がすれ違うときに「お疲れ様でした」と声を掛けてくれた。ちゃんと話したことはないけれど、個人・パート練習の教室が一緒なので顔を覚えていた。やはり、やはり声を掛けられるのは嬉しいものだと、顔を緩ませた。

  迎えの車が遅くなり、パートの二人は先に帰ってしまった。帰ることには気付いたのに、何となく挨拶しようか迷う距離にいて、声を掛けることができなかった。自分の度胸のないのが悔しい。

 来週は、多少強引でも、先に帰られてしまう時にも「お疲れ様」と言いたい。