随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

ご褒美

 

 私が所属する楽団は、団員の年齢も職業も居住地も様々だ。そんな団員が80名もいるので、毎回の練習会には必ず欠席者が発生する。だから、

「欠席者にも練習内容が伝わるように、パート内で共有してください」

 Yさんからそう言われている。前々回の練習会からホルンパートは1人ずつ欠席しているので、私が練習内容のまとめをホルンパートのLINEグループに送っている。

 聡と違って音楽的なところは何も貢献できないので、せめてこういう事務仕事だけは私がやろうと心掛けているのだ。

 毎回、妃菜だけは「ありがとうございます!」のようなメッセージを返してくれる。最初は他二人から返事が来ないことに戸惑ったけれど、最近は妃菜からメッセージが来るだけでとても嬉しくおもう。妃菜からも何も返ってこなかったら、私はとっくに心が折れていたんじゃないか。

 

 先週に引き続き、台風22号が接近する中での練習会だった。体育館の入り口前で折り畳み傘を畳んでいると、聡の姿が見えた。

「こんにちは」

「傘が曲がっちゃって大変だったんですよ」

「あららら、大変でしたね」

 畳まれた黒い傘は、言われてみれば確かに少し歪んでいるようにも見えたけれど、そこまで酷く壊れているようには見えなかった。

 

 いつものように、3階の音楽室から打楽器を下ろしてくる。この日は、小学生2人組と一緒にシロフォンを下ろした。

「6年生2人じゃきついもんね」と2人は言うけれど、私の体型も大して彼女たちと変わらない。小学生が1人増えたようなものだ。何なら、彼女たちの方が私よりも身長が高かったのではなかったろうか。

「先生、呑気にラーメン食べてるよ。一緒に打楽器運んでくれればいいのに」

「私たちに急いでお昼食べさせておいて、全くずるいね」

 2人は昼食をとる指揮者に向かって憎まれ口をたたく。忙しい中、指揮者にとっては数少ない休息の時間なのだ。許してあげてほしいと思った。

 

 演奏会まで1か月を切ったというのに、このタイミングで曲目が追加された。曲は「You raise me up」。校内放送で、スコアの番手が3rdまでしかないと聞いたときの私は、多分変な顔をしていただろう。

 「指揮者のところに楽譜を置いてある」と言っていたので、職員室にいる指揮者のところに楽譜を取りに行った。他に楽譜を取りに来そうな人がおらず、かなり挙動不審に、

「楽譜って…ここで合ってますか…?」と尋ねる。

 そんな予感しかしていなかったけれど、指揮者が楽譜を持っているわけではなかった。指揮台の上に置いてあるのを案内されてしまった。とても恥ずかしい。

 指揮者に助言をもらい、私と聡は1stを吹くことになった。2ndと3rdは、それぞれ夢愛と妃菜に吹いてもらうことになるけれど、生憎この日は夢愛が欠席していた。妃菜に「どっちがいい?」と聞いてみたけれど、どっちでもよいというので、取り敢えず2ndの楽譜を渡した。

 

 舞台のセッティングを2通り試すことになった。椅子のセッティングは苦手意識が強い。これは生活している中で確信に近いものを得ているのだけれど、私には空間把握能力が欠如している。椅子をどこにどの向きで置いておけば正解なのか全く分からない。取り敢えず前に後ろに動かして、後で聡に直されていた。

 

 合奏が終わった後、聡が

「傘壊れたまま帰るのきついな、誰か召喚しないと」と、私に呟く。

 練習前に傘のことを聞いたときは「ああ、仕方なく壊れた傘を使っているのか」と流してしまったが、どうも、ずっと壊れたまま使っているのではなさそうだ。

「あ、もう今さっき壊れちゃったんですか」

「そうなんですよ、来る途中に風に煽られて、柄が折れちゃって」

「柄が折れてたのか…、あれ、いつも歩きで来てたんですか」

「そうですよ…大体20分くらいかな?でも今日は歩きで帰るのさすがに辛いな」

「あ、結構時間かかるんですね」

「まあ、足がないから仕方ないです。来るときは真ん中の骨のところを持って来ましたよ…もう、頭に被りたかった」

「かさこじぞうみたいな感じになりますね」

 我ながら幼稚なたとえをしてしまったと思ったけれど、笑ってくれたのでほっとした。

 その後、聡はぼんやり考え事でもしていたのか、私の譜面台を畳み始めた。仕方ないので、私も彼の譜面台を畳むことにした。

「あ、大丈夫ですよ。僕畳むから」

「いや、私の譜面台畳んでもらっちゃったし」

「ちょっと畳みづらいんですよ。先輩からのお下がりずっと使ってるから」

「物持ちいいですね…」

「先輩が、そのまた先輩からもらったやつらしいんです。先輩も物持ちよかったんですよね」

 聡のいう先輩は、彼のホルンの前主人と同じ人間なのかな、と勝手に推測してみた。

 

 その夜、LINEグループへの招待が1つ入っていた。グループ名は「○○楽団成年部」。

 そういえば、いつだかの練習のときに、Yさんが「お酒が飲める人たちで成年部を作ろうと思ってます」と言っていた。確かに私の同級生は成人しているけれど、私自身は2月生まれで、まだ未成年だから「うちのパートには関係ない」と高を括っていたのだった。どうにかして断りの連絡を入れなければならない。

 招待されてからそれほど時間の経たないうちに、プログラムに載るメンバーの名前と一言が間違ってないか確認して教えてほしい、との事務連絡が入った。取り敢えずこちらを先に連絡してしまおう。

「こんばんは。名前、一言間違いありませんでした」

「連絡ありがとうございます。成年部にもぜひ参加してくださいね」

「招待していただいて嬉しかったのですが、まだ未成年なんです」

「あれ、何月で成人でしたっけ?」

「2月です…」

法令遵守だねえ、ノンアルコールで来ます?キリンジの話でもしようじゃないですか!」

 キリンジの名前を出されてしまったら、抗えるわけがない。行くしかない。さらにこんなメッセージが続いた。

「今度ビルボードのDVD貸しますよ。ニュータウンから始まるやつ」

 検索してみたところ、10周年のDVDのようだった。千年紀末も冬来たりなばも入っている。DVDプレーヤーを持ってないから、なんて理由で断ることはできない。持っていなければ買うのみだ。

「ありがとうございます!次の練習会、楽しみにしてます」

 いつも頑張っている自分に神様がご褒美をくれたのだろう、と本気で思った。

 次の日、さっそくDVDの曲目で再生リストを作って予習を始め、DVDプレーヤーを求めて中古屋と電気屋を回ったのだった。