随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

ずっと誰かに話したかったこと

 少し、私の話をしても良いでしょうか。長くなると思うので、聞き飽きたら、スマートフォンをいじるなり、居眠りするなりしてくれて構いませんから。

 

 私には好きな男の子がいるのですが、その彼と、8月の半ばから、連絡がつかない状態になってしまったのです。
 端的に言うと、LINEのアカウントが消えていました。私は彼のLINE以外の連絡先を知らないし、Twitterとかやっている様子もないので、本当に連絡手段がなくなってしまいました。
 最近やっと心が落ち着いてきましたけれど、アカウントが消えていると気づいたときは、それはもう悲しかったし、やるせなかったですね。

 

 この間の6月にね、その男の子と出かけてきたんです。
 去年、縁あって一緒の吹奏楽バンドで演奏した、私と同じホルン吹きの男の子なんです。私と同じといっても、彼の方が幾倍も上手で、きれいな音を出して、音楽の知識もそれはもう豊富で。いや、私の知識が無に等しいだけなのかもしれませんけどね。
 勿論クラシックにも通じてて、ホルンがカッコいい曲から始まってね、いろいろな曲を教えてもらいました。
 ラフマニノフ交響曲マーラー、ボストンポップスのSummon the Heroesとか、惑星とか。シカゴ響とか。イウォーゼンのブラス作品とか。
 TADウィンドシンフォニーっていう吹奏楽団も教えてもらって、CD音源をお裾分けしてもらったりもしました。
 そんなことになったのが去年の演奏会直前、11月のことで、その前から私は彼のことが好きではあったんですが、やり取りをするうちにますます好きになっていきました。
 だってなかなかないじゃない、こちらが何も言っていないのにCDを焼いてきてくれることなんて。


 演奏会が終わった後は会う用事もなくなってしまったのですが、12月にも数回、LINEでやり取りをしました。2回くらいかな。
 でも、私があんまり奥手すぎるのでしょうか、うるさく思われたらいやだなあなんて思って、その後はメッセージを送ったりしませんでした。向こうから何か連絡が来ることも、もちろんありません。こちらが何か送れば、すぐに返してくれたんですけどね。用事がないからね。


 で、今年の1月にTADのニューイヤーコンサートがあって、本当はこちらにその彼と行きたいなあ、なんて思っていたのだけれど、誘えなかったので1人で行きました。
 そのあとの6月に、今度は同じ楽団の定期演奏会があったんです。今度こそ、と思って、頑張って彼に連絡しました。
 相変わらず割と早い返事が来てね、「前回のトーク去年ですね笑」なんてね。そうよ、去年からアナタ何も連絡してくれなかったからね。私も何も送れなかったけれどね。
 で、TADの定演があるんですよ~なんて言ったはいいけれど、一緒に行こう、みたいなニュアンスの言葉を省いてしまったんです。だって一緒になんて恥ずかしくて言えないじゃないですか。
 向こうもまさかこちらの気持ちが汲み取れるわけもなく、「一緒に行きませんか」って言うためだけに、もう1度連絡しなおす羽目になりました。
 誘いには一言「いいですね」って返してくれて、こうして晴れて演奏会デートが決まったわけです。


 当日はおめかしして行きましたよ。白いニットのブラウスに、深い赤色のスカートに、寒かったので黒タイツを履いて、慣れないパンプスなんか履いちゃって。
 雨が降っていたので、あの赤地に金の楽譜柄の、とっておきの可愛い傘を差していきました。
 学校を早退して、電車に乗って。スマートフォンの充電がギリギリになるなんてハプニングもあったけれど、何とか荻窪までたどり着きました。


 そこでちょうど彼から連絡が入って、先にホールに着いたから、席を取っておくとのことでした。
 小走りでホールに向かって、会場に入って彼を探しました。こちらに向かって、手を挙げている彼の姿を見つけました。凄くウキウキしちゃった。
 久しぶりに彼の隣に座ってね。ほら、合奏の時とか当たり前に隣の椅子に座るじゃないですか。でもその時の「隣に座る」とは全然違ってね。
 いつぶり?半年ちょっとぶりじゃない?とか、最近どうですかーなんて世間話が始まって。今日はトーマスドスが来日して会場にいるらしいですよ、って言ったら、「今も吹奏楽とかクラシック聴いてるんですか?」って聞かれました。聴いてますよって言ったら、「僕そっちの方最近全然聴いてないんですよ」って。
 なんか悲しいというか、寂しいというか、残念な気持ちもちょっとしました。だって私がクラシックを聴くようになったきっかけは他でもない彼だし、大体クラシックについて一緒に話せるような人は彼くらいしかいませんからね。ウィテカーのクラウドバーストがやばいんですよ、みたいな話をしたかった。
 でも最近は渋谷系とか、シティポップとか、そういう系が好きで、そういう曲も作ってます、って言ってたから、私キリンジが好きなんですよって言ったら、分かってくれてとても嬉しかったんです。キリンジ分かってくれる人もあまり周りにいないので。
 曲の合間合間で、プログラムを眺める彼の横顔を眺めてたんですけど、手の綺麗さばかりに目が行きました。本当に綺麗な手をしているんです。
 この日は前々から、絶対ヴァンデルローストのオスティナーティが入ったライブCDを買うぞ!と意気込んでいたのですが、世間話が止まらないし、CDなら後でネットでも買えるけれど、彼とは今しか話せないな、なんて思って、休憩中もずっとお喋りしていました。私が話題を振ることはいつも通り殆ど、ほっとんど無かったのですが、彼は会話が上手なのでしょうね、次々に話題を振ってくれて、会話が途切れませんでした。


 この時の会話で、私が彼について分かったことは、渋谷の音楽の専門学校に通っていること、多分学費のほとんどを奨学金で賄っていること、毎日横浜の郊外から約1時間半かけて通学していること、プロの作曲家みたいにコンスタントに曲を作っていて大変忙しいこと、そのせいで、学校の自販機で売っているアルフォートを昼食代わりにしなければいけないこと、あまり寝ていないこと。バイトを最近辞めたこと。作曲よりは編曲をメインにしていること、そのせいで印税が入ってこないと悩んでいること。ジャンク品の機械を買っては修理して、メルカリに出品して、お小遣いの足しにしたりすること。私が絵を描いている、というのを知っていたこと。大学に通っていた、というのを知っていたこと。絶対音感持ちだということ。自分用のPCがWindowsだということ。いや最後。もうちょっとちゃんとした情報も得たような気がしていたのだけれど、所詮は世間話だったのでしょうか。
 眼鏡の度があっていないので、せっかくのドス氏の顔はあまり見えませんでした。アンコールにヴァンデルローストのアダージョが演奏されて、それが嬉しかったなあ。


 帰りに去年の演奏会の話題が出て、今年はやれるのかな、参加したいな、なんて話をしていました。結局、その後の見積もりであまりにもお金がかかりそうなので参加できないなと言われ、やるはずだった今年の演奏会自体も、企画倒れしてしまいました。


 彼の作った曲が前から聞きたかったのでそれを伝えると、2曲ほど聴かせてもらえました。1曲は、女の子5人組の、ジュニアアイドルの歌。歌い手の声とか歌詞とかが可愛らしくて「この曲をこの人が作ったのか」なんて違和感を覚えずにはいられなかったのですが、別に彼が作詞している訳じゃないし、よくよく聞けば、楽器の音がとてもカッコいい曲。トランペットとピアノの音は、彼自身の演奏の録音だそうで、すごいですよね。もう自分で歌まで歌っちゃえばいいのに。


 彼は金管楽器全般と、ピアノと、フルートが演奏できて、当時はクラリネット等のシングルリード楽器を練習していると言っていたから、今頃はいい感じで上達している頃でしょう。ベースも弾き始めたと言っていました。弦楽器は別にしても、1人オーケストラとかできるかも、なんて、楽しそうに話していて、私からも楽しみにしています、と伝えました。
 後は、趣味で、と彼は言っていたけれど、立派な自主制作です、交響曲を中学2年生の時から書いているのだということも話してくれました。今の進捗がどれくらいだとかは聞かなかったけれど、5~6年近い年月をかけて書いているのだから、彼のこだわり、彼の世界観が詰まった作品になるでしょう。出来上がったら、いつか聴かせてほしいものです。希望としては、作曲者自身の指揮で。


 彼は私に、アルバイトって何やってるんですか、と聞いてきました。宅配の受付ですよと答えると、男性だと仕分けの方に回されるでしょう、と言われました。そんなことはなくて、実際私の年代で同じ受付をやっている女性は私だけなので、多分彼にそんなことを伝えたのでしょうか。
 彼が以前やっていたアルバイトは、時に120kgを超える荷物を運ぶ重労働だったと言っていました。ピッキングかなんかなのでしょうかね。二宮金次郎みたいに荷物を背負うのだそうだけれど、120kgじゃあ金次郎もびっくりです。

 学校の制作が忙しくてやめたけれど、怪我も怖いし、いずれ辞めていただろう、みたいな話でした。彼は作曲家であると同時に演奏家なので、手を怪我したりでもしたら一生分の損失です。私の損失でもあります、彼のホルンの音色が聴けなくなったりでもしたら。
 それとは別に昨年度末、持病か疲労か何かで倒れていたようでした。薬も飲んでるんだ、みたいな話から勝手に察するに、メンタル系の病気なのではないかな、と愚かにも推測しています。


 会場を出るときにお腹すいたなって言っているのは知っていたのですが、普段あまり眠っていないし食べていないのじゃ、せめて早く帰らせてあげねばならぬと、どこかコーヒー屋さんや飲食店に寄るでもなく、「なるべくちゃんと食べてちゃんと寝てくださいね」なんて言って、じゃあまた、と駅で別れました。

 

 家に着いてから、今日はありがとう、楽しかったですとメッセージを送ったのですが、2週間ほど既読すらつかないので、危うく初めての電話を掛けそうになるところでした。あまりにも心配で心配で、気が気じゃありませんでした。
 2週間たってやっと、制作が忙しくてLINEを見られなかった、と返信があって、その時の安心感たるや。その時の本題はさっき話した、今年は演奏会やっても出られない、という話だったので、決して手放しで喜べるわけではなかったのですけれど。


 そのまた2週間後くらいに、彼が好きそうな小山田圭吾の企画展をみつけたので、教えるためにメッセージを送ったら、今度はまたその1週間後に返信が来て、曰く、夏バテでぶっ倒れてました、と。

 いやアナタそれは熱中症と違うの、お願いだからちゃんと寝て、ちゃんと水分とって、クーラーの効いた部屋でゆっくり過ごして、夏バテには夏野菜と豚肉がいいんだよと色々言いたいのを我慢しつつ、お大事にしてくださいというのと、小山田圭吾好きかなって思ったんです、という旨の返信をしました。

 その後返信はなく、8月に入ってから、これもさっき言った、演奏会断念のお知らせが主催者側から届き、私が夏コミの準備をしている最中だったのでしょう、彼はアカウントを消していました。

 

 彼が元気で、幸せで、作りたいように曲を作って楽器を演奏してくれたら、私のことなんか忘れても別に構わない、と言いたいところです。これはこれとして1つの本心ではあるのですが、やっぱり私は彼のことが好きで、彼にはまた会いたいし、いつでも会えたらもっといいし、一緒にご飯食べたりお散歩したり、そのあいだじゅうお喋りしていたりしたいわけです。手は繋ぎたいし、抱きしめ合いたいし、キスだってできたら最高ですよ。

 彼のアカウントが消えたら、こちらから何か連絡しようか、煙たがられはしないか、などとと悩むこともないし、きっと忘れるだろうと期待もしていました。

 実際変な悩みは無くなったのですが、ただひたすらに会いたいな、という気持ちはしつこく残っています。1番幸せな時間は、彼とのお喋りを脳内でシミュレーションしているときです。

 大体向こうが私のことを忘れようとも、私が彼のことを忘れるのは言語道断です。彼は私の人生を大きく変えてくれたので。彼と出会わなければ一生聴かなかったであろう楽曲が、本当にたくさんあります、ありすぎます。

 彼は私と楽曲たちの出会いの媒介者で、私の人生において偉大な功績を残しました。私は彼のことを死ぬまで忘れてはならないし、常に彼に対して尊敬と感謝の念を抱いているべきだと思っています。

 

 彼が気付いてくれたら、と思って、彼が楽曲提供したアイドルのイラストを描いています。彼とはどうせまたどこかで会えるだろう、という気がしなくもないですし、もしかしたらもう一生会えないかもしれない、という不安に襲われることもあります。

 多分会えるでしょう。会えなかったら、それはどちらかが早く死んでしまったときでしょう。また彼の吹くホルンの音色が聴きたいなあ。