随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

ご褒美

 

 私が所属する楽団は、団員の年齢も職業も居住地も様々だ。そんな団員が80名もいるので、毎回の練習会には必ず欠席者が発生する。だから、

「欠席者にも練習内容が伝わるように、パート内で共有してください」

 Yさんからそう言われている。前々回の練習会からホルンパートは1人ずつ欠席しているので、私が練習内容のまとめをホルンパートのLINEグループに送っている。

 聡と違って音楽的なところは何も貢献できないので、せめてこういう事務仕事だけは私がやろうと心掛けているのだ。

 毎回、妃菜だけは「ありがとうございます!」のようなメッセージを返してくれる。最初は他二人から返事が来ないことに戸惑ったけれど、最近は妃菜からメッセージが来るだけでとても嬉しくおもう。妃菜からも何も返ってこなかったら、私はとっくに心が折れていたんじゃないか。

 

 先週に引き続き、台風22号が接近する中での練習会だった。体育館の入り口前で折り畳み傘を畳んでいると、聡の姿が見えた。

「こんにちは」

「傘が曲がっちゃって大変だったんですよ」

「あららら、大変でしたね」

 畳まれた黒い傘は、言われてみれば確かに少し歪んでいるようにも見えたけれど、そこまで酷く壊れているようには見えなかった。

 

 いつものように、3階の音楽室から打楽器を下ろしてくる。この日は、小学生2人組と一緒にシロフォンを下ろした。

「6年生2人じゃきついもんね」と2人は言うけれど、私の体型も大して彼女たちと変わらない。小学生が1人増えたようなものだ。何なら、彼女たちの方が私よりも身長が高かったのではなかったろうか。

「先生、呑気にラーメン食べてるよ。一緒に打楽器運んでくれればいいのに」

「私たちに急いでお昼食べさせておいて、全くずるいね」

 2人は昼食をとる指揮者に向かって憎まれ口をたたく。忙しい中、指揮者にとっては数少ない休息の時間なのだ。許してあげてほしいと思った。

 

 演奏会まで1か月を切ったというのに、このタイミングで曲目が追加された。曲は「You raise me up」。校内放送で、スコアの番手が3rdまでしかないと聞いたときの私は、多分変な顔をしていただろう。

 「指揮者のところに楽譜を置いてある」と言っていたので、職員室にいる指揮者のところに楽譜を取りに行った。他に楽譜を取りに来そうな人がおらず、かなり挙動不審に、

「楽譜って…ここで合ってますか…?」と尋ねる。

 そんな予感しかしていなかったけれど、指揮者が楽譜を持っているわけではなかった。指揮台の上に置いてあるのを案内されてしまった。とても恥ずかしい。

 指揮者に助言をもらい、私と聡は1stを吹くことになった。2ndと3rdは、それぞれ夢愛と妃菜に吹いてもらうことになるけれど、生憎この日は夢愛が欠席していた。妃菜に「どっちがいい?」と聞いてみたけれど、どっちでもよいというので、取り敢えず2ndの楽譜を渡した。

 

 舞台のセッティングを2通り試すことになった。椅子のセッティングは苦手意識が強い。これは生活している中で確信に近いものを得ているのだけれど、私には空間把握能力が欠如している。椅子をどこにどの向きで置いておけば正解なのか全く分からない。取り敢えず前に後ろに動かして、後で聡に直されていた。

 

 合奏が終わった後、聡が

「傘壊れたまま帰るのきついな、誰か召喚しないと」と、私に呟く。

 練習前に傘のことを聞いたときは「ああ、仕方なく壊れた傘を使っているのか」と流してしまったが、どうも、ずっと壊れたまま使っているのではなさそうだ。

「あ、もう今さっき壊れちゃったんですか」

「そうなんですよ、来る途中に風に煽られて、柄が折れちゃって」

「柄が折れてたのか…、あれ、いつも歩きで来てたんですか」

「そうですよ…大体20分くらいかな?でも今日は歩きで帰るのさすがに辛いな」

「あ、結構時間かかるんですね」

「まあ、足がないから仕方ないです。来るときは真ん中の骨のところを持って来ましたよ…もう、頭に被りたかった」

「かさこじぞうみたいな感じになりますね」

 我ながら幼稚なたとえをしてしまったと思ったけれど、笑ってくれたのでほっとした。

 その後、聡はぼんやり考え事でもしていたのか、私の譜面台を畳み始めた。仕方ないので、私も彼の譜面台を畳むことにした。

「あ、大丈夫ですよ。僕畳むから」

「いや、私の譜面台畳んでもらっちゃったし」

「ちょっと畳みづらいんですよ。先輩からのお下がりずっと使ってるから」

「物持ちいいですね…」

「先輩が、そのまた先輩からもらったやつらしいんです。先輩も物持ちよかったんですよね」

 聡のいう先輩は、彼のホルンの前主人と同じ人間なのかな、と勝手に推測してみた。

 

 その夜、LINEグループへの招待が1つ入っていた。グループ名は「○○楽団成年部」。

 そういえば、いつだかの練習のときに、Yさんが「お酒が飲める人たちで成年部を作ろうと思ってます」と言っていた。確かに私の同級生は成人しているけれど、私自身は2月生まれで、まだ未成年だから「うちのパートには関係ない」と高を括っていたのだった。どうにかして断りの連絡を入れなければならない。

 招待されてからそれほど時間の経たないうちに、プログラムに載るメンバーの名前と一言が間違ってないか確認して教えてほしい、との事務連絡が入った。取り敢えずこちらを先に連絡してしまおう。

「こんばんは。名前、一言間違いありませんでした」

「連絡ありがとうございます。成年部にもぜひ参加してくださいね」

「招待していただいて嬉しかったのですが、まだ未成年なんです」

「あれ、何月で成人でしたっけ?」

「2月です…」

法令遵守だねえ、ノンアルコールで来ます?キリンジの話でもしようじゃないですか!」

 キリンジの名前を出されてしまったら、抗えるわけがない。行くしかない。さらにこんなメッセージが続いた。

「今度ビルボードのDVD貸しますよ。ニュータウンから始まるやつ」

 検索してみたところ、10周年のDVDのようだった。千年紀末も冬来たりなばも入っている。DVDプレーヤーを持ってないから、なんて理由で断ることはできない。持っていなければ買うのみだ。

「ありがとうございます!次の練習会、楽しみにしてます」

 いつも頑張っている自分に神様がご褒美をくれたのだろう、と本気で思った。

 次の日、さっそくDVDの曲目で再生リストを作って予習を始め、DVDプレーヤーを求めて中古屋と電気屋を回ったのだった。

1か月前

 

 今週の練習会は、妃菜が欠席で、ホルンパートは私、夢愛、聡の3人の参加だった。演奏会が11月23日なので、本番を約1か月後に控えての練習会だ。

 

 最近は「早く演奏会で演奏したい」と思うと同時に、「演奏会が来てほしくない」という思いも募るようになってきてしまった。

 この楽団は1か月後の演奏会のために結成された楽団だから、演奏会が終わったら解散してしまう。1か月後に解散するには、全くこのメンバーと演奏し足りないのだ。まだここで演奏していたくて、本番が来なければいいのに、と本気で考えることもある。

 考えたところで、演奏会が1か月後という事実は何も変わらないのだけれど。

 

 練習会場の体育館が開くのは10時の予定だったが、会場の都合で12時に変更された。会場に入ると聡に会う。顎先の無精ひげが伸びている。

「こんにちは」

「今、手が空いている人で上の階から打楽器を運んでる感じです」と言われたので音楽室に向かったけれど、着いた時には全て運ばれた後だったので、手持ち無沙汰に1階に降りた。

 

 楽器と譜面台の準備をする。練習会のときはどうしても緊張してしまって、楽器にオイルを差すのも、譜面台を立てるのもどこかぎこちなくなってしまう。手が滑らかに動かない。

 楽器を鳴らしてみる。先週の練習のときより、大きな音量で吹けている気がした。最近鳴らすのが難しいと感じる下のトの音も抵抗なく鳴ってくれたのが嬉しかった。

 

 合奏前、聡が「僕、今日絶不調なんで…」と言ってきた。それはセルフ・ハンディキャッピングというものなのではないかと、少しムッとした。

 聡は元々ものすごく綺麗な、ホルンらしい音を出すし、ハイトーン外したのを聞いたことがないので、絶不調と言っても私のいつもの状態より吹けるんでしょ、と聡を憎たらしく思った。

 

 合奏前、Yさんから

「普通教室は練習会場として使えなくなってしまいました」という知らせを受ける。

 何があったか分からないけれど、先週戻しそびれた、教室の備品の鉛筆を返すのがかなり難しくなってしまった。いや、諦めるのはまだ早い。練習前に音楽室から打楽器を下ろしてくるついでに教室に寄ってきてしまうことを今思いついた。今度の練習会こそ鉛筆を返してこなければ。

 

 夢愛がジャパニーズグラフティのホルンソロを吹くのを聴いてふと、いい音だな、と思った。夢愛はホルンを始めてまだ1年と半分程しか経たないけれど、時折、とても綺麗な音を鳴らす。もっと自信を持って吹いたら良いのに。

 そういえばパート分けで一悶着あった後、YさんがLINEで

 

 楽器紹介の曲を振り付けを含めて合奏することになってしまったので、休憩中に急遽振り付けを決めなければいけなくなった。3人で体育館の広いところに移動する。

 大きく動くと楽器が吹きにくくなってしまうので、向きを変えるだけにした。事前に聡が送ってくれていた、昔の定期演奏会の動画のように向き合って吹こうかとも考えたけれど、

「向き合って目が合うと笑っちゃうんですよ」と言われた。なんでわざわざ真っ直ぐ見つめ合って演奏しようと思ったのか、当時中学生だった彼らの考えは分からない。一応、試しに夢愛と向き合って楽器を構えてみたけれど、「笑っちゃうんですよ」なんて言われていたら、笑わない方が無理だった。

 

 時折、聡が「寒い寒い、」と腕をさする。せっかく長袖のシャツを着ているのだから、腕まくりをやめたらいいのに、と思ったが、口に出さなかった。

 

 先週、妃菜が履いてきたおかしな絵柄の靴下を思い出して、夢愛の足元をちらりと見た。中学生がよく履いている、白い靴下を履いていて、何を期待していたんだと自分に呆れた。

 

 私と聡と5つ6つ年が離れているのもあるのか、夢愛はいつも言葉少なで、大人しい印象を持ってしまう。でも私は知っている、指揮者がちょっとやらしいことを言うと夢愛はすぐにニヤニヤとした笑みを浮かべることを。ジュディ・オングの「魅せられて」の歌詞を、得意気に友達に話していたことを。LINEのアイコンがアニメアイコンで、一言には「すーぱーきょぬーになりたい」と書いてあることを。

  

 振り付けがあらかた決まって席に戻ろうとすると、4thの席に指揮者が腰かけて、パーカッションの人と雑談をしていたので、夢愛と顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

 

 今回の練習会で、楽団唯一のファゴット奏者が、初めて合奏に参加していた。小柄で丸みを帯びた体つきの、可愛らしい優しげな女性だった。昔、中学校で吹奏楽部の副顧問をしていたらしい。

 楽団には、彼女にお世話になったOBも多いようだったが、私は初めて見たので何となく外野の気分だったのが切なかった。

 

 アルメニアンダンスの合奏の後、

アルメニアン、僕これ以上音量出すと音が割れちゃってばっちくなっちゃうから、あまり音量出さないようにします」と聡が言う。

「分かった、その分頑張ります」としか返さなかったけれど、聡が「汚い」と言わずに「ばっちい」という言葉を選んだのが後からすごく気になってしまった。

 先週の椅子の座り方もそうだし、腕をまくりながら「寒い寒い」と言ってたのもそうだけれど、聡の言動にはところどころよく分からない、可愛いところが出てくる。

 

 練習後、ユーフォニアムの女の子がすれ違うときに「お疲れ様でした」と声を掛けてくれた。ちゃんと話したことはないけれど、個人・パート練習の教室が一緒なので顔を覚えていた。やはり、やはり声を掛けられるのは嬉しいものだと、顔を緩ませた。

  迎えの車が遅くなり、パートの二人は先に帰ってしまった。帰ることには気付いたのに、何となく挨拶しようか迷う距離にいて、声を掛けることができなかった。自分の度胸のないのが悔しい。

 来週は、多少強引でも、先に帰られてしまう時にも「お疲れ様」と言いたい。

 

 

てごたえ

 1か月ぶりに楽団の練習会があった。

 中学生の女の子ー夢愛は漢検を受けるため欠席。今回のメンバーは女子高生ー妃菜と男子大生ー聡と私。

 

 入口に入るとすぐ前の部屋で、指揮者と事務局が会議を開いていた。私を見た事務局Yさんが開口一番、

「髪切った?」と聞いてくる。それを見た指揮者が、

「ごめんねえ、いやらしいねえこの人」と突っ込んでくる。

 特にYさんの言葉にいやらしさは感じなかったから、いやらしいっていう人の方がいやらしいなと思った。

 

 会場について基礎練を始めるが、体が固まってうまいこと音が出ない。どうしても、たくさん人がいる環境で楽器を吹くのに慣れていないから緊張してしまうらしい。リップスラーがボロボロでかなり恥ずかしかった。

 

 12時半から合奏の予定だったのが、14時半までパート練習をすることになった。昔からパート練習は苦手だ。自分の演奏で精いっぱいだから、曲のどの部分をどうするために何を練習するべきかわからないんだ。

 パート練習は、聡が仕切ってだいぶ頑張ってくれた。私は小中高と楽器を吹いているくせに音楽的な知識に乏しいので、彼のいうことに頷くことしかできなかった。私の方が1個年上なのに、こんなに頼りないのが申し訳ない。

「パート練苦手なんですよ、あんまり吹くと唇疲れるし、ホルンのパート練ってつまらないじゃないですか」と聡がぼやく。

 

 アクセントが付いた低い音は、どうやったらうまく吹けるのかなど聞いた。

「F管の方が音が割れるから」と、F管の変え指で吹くのがいいんだと教えてくれた。成る程、コツをつかむとさっきより大きい音がなった。

 そういう知識をどこでつけてくるのか不思議だった。

 

 そんな練習中、何でもないことなのだけれど、聡の座り方が気になった。彼は理科室によくある、足掛けが付いた木製の椅子に座っていたのだけれど、楽器を吹くときに両かかとを足掛けに掛けているのだ。

 上背がある彼がそんな恰好をしているのが可笑しくて、演奏している間ずっと笑いをこらえるのが大変だった。

 

 気になったことと言えば、妃菜の靴下。上履きもスリッパも履かず、靴下が丸見えだったのだけど、そのデザインが斬新というか、女子高生らしいというか。

 5本指で、指の部分にタコさんウインナーとか、卵焼きとか、お弁当のおかずが描いてあった。親指にはおにぎりが書いてあって、ここまでは普通に可愛いと思ったのだけど、あろうことか、その上に漢字で「新米」と書いてあるんだ。気になりすぎて思わず「その靴下可愛いね…」と声をかけてしまった。

 

 

 妃菜が持っているシルバーのホルンに聡の目が行く。

「ホルトンですか?」

「いや、これはコーンです」

「ホルトンとコーンって同じような系統のメーカーなんですよ、形が似てるでしょ」

私と聡が持っているのはホルトンのホルン。これで夢愛もアメリカのメーカーの楽器を使っていたら運命みたいなものを感じてしまうところけれど、学校の楽器だからどうだろうか。

「この楽器ね、多分今50歳くらいだと思うんですよ」

 聡が持っている、ゴールドブラスでノーラッカーのホルン。見た目から年季が入っていることは容易に想像できたけれど、まさか50年ものだとは思わなかった。先輩からのお下がりだといっていたから、その先輩の前の主人もいるのだろう。

 楽器は一生ものなんていうが、実際には様々な人間の人生を渡り歩いているのだ。自分が今使っている楽器も、将来は違う人の手に渡ることがあるかもしれない、ということを初めてはっきりと意識した。大切にしてやらなければならない。

 

 「楽器紹介の演奏で、どんな振り付けをするかそろそろ決めなくちゃいけないね」という話になった。

振り付けなんか普段全く縁がないので、その時間で決まるはずがない。仕舞いには聡が

「被り物でも被りますか?中学生のとき定期演奏会で、馬の被り物を被って楽器吹いたんですよ」とか言い出した。

その演奏会を観に行った覚えがあった。

「私その演奏会観に行ったかも知れない」

「本当?学ラン着て馬の被り物被った奴とドラゴンボールの仮装の奴がいたと思うんですけれど」

「見覚えある、多分それ観に行きました」

近隣の学校の演奏会を観に行ってて良かったと思う数少ない瞬間の一つだった。

 

 長いパート練習を終えて合奏会場に行くと、トランペットの男子高生ー永が声をかけてきた。

「それカッコいいっすね」

 私は楽器にサポーター付きプロテクターを付けているのだけれど、それが気になったらしい。

「でしょ?長い時間楽器持ってると小指が痛くなっちゃうからさあ」

「それ響き止めにもなっちゃうから危ないんですよね」聡も話に割り込む。

「心配だから一応穴が開いてるの買ったんですけどね」

「淀工のホルンって結構それ付けてません?」思いがけずプロテクターで話が盛り上がってしまった。

 

 永は聡の中学の後輩で、練習会のときはよく聡と一緒にいる。高校生ながら会社を経営しているらしい。人懐っこくて、高いコミュニケーション能力を持っている、可愛らしい眼鏡男子である。

 

 バンドワゴンの合奏のとき、聡が

「本番アンコールでやる時は唇持たなそうだから、ちょっとだけサボりながら吹きますね」と宣言してきた。

  ああ、やっぱりアンコールで1stを吹くのは負担が大きかったかと、自分のパート決めをちょっぴり後悔した。聡の高音域はとても映えるから、最後1stを吹かないのは勿体ないと思ってしまったのだけれど。

 

 合奏が終わって帰るときは、同じパートの人には必ず「お疲れ様でした」と言って帰るようにしている。他のパートの人でも、顔見知りならすれ違った時などに声を掛けている。自分が挨拶されたとき嬉しかったから、という単純な理由なのだけれど。

 

 

 パート練習をしていた教室から鉛筆を借りっぱなしにしていたのを思い出した。今週の練習会で返してこないと。うっかり忘れるところだった。

 

 

3年ぶりに吹奏楽の合奏練習に参加してきた

 8月12日

 

 昨日と今日、所属する吹奏楽団の練習会に参加してきた。

 1シーズン限りの吹奏楽団を結成するということで、是非ホルン奏者として入ってくれないかとお誘いを受けたので、ブランクがあるにもかかわらず、私としては珍しく意を決して参加したのだった。

 

 高校2年の夏に吹奏楽部をやめて以来、まともに楽器を吹いてこなかったので、約3年ぶりの合奏練習になった。なかなかの緊張っぷりであった。足を引っ張らないかはもちろん、練習の仕方を忘れている。譜面台を立てるのでさえ3年ぶりなので、意味もなくびくつきながら立てた。

 

 団員約80名中、ホルンパートは私含め3名。少なすぎるだろう。中高生なんか学校で楽器借りられるんだから、もっと入ってくれればいいのに。

 

 1人は中学生の女の子。可愛いが、大人しすぎるのがいけない。13歳だって。私の6つも下だ。友人に6つ下の弟がいたな。とにかく結構な年の離れ方だ。話しかけるのも変に気を使ってしまう。

 もう1人は私の1つ年下の男の子。背がとても高い。彼は中学生の時、合同演奏会で見たことがある。かなり音が綺麗で演奏がうまかったのに加えて、吹いていたのがノーラッカーのホルンだったからかなり印象に残っていた。今回の練習会にもあのノーラッカーを持ってきていた。彼も演奏は3年ぶりだといっていたが、嘘みたいに吹けている。もともとの技術が振り切っているのだろう。

 

 ノーラッカーの彼とは、楽器のメーカーが被っていた。ホルトンだった。私の楽器をちょっと吹かせてほしいといわれたので、言われるがまま貸した。私のホルンもニッケルシルバー製なので、まあ珍しいのだろう。

 彼はまた、ニッケルシルバーの特徴が生きる、カッコいい大音量を出すのだ。憎たらしい。自分で大音量が得意ってわかっているところがさらに憎たらしい。

 私も彼の楽器をちょっと試し吹きさせてもらえばよかった。ノーラッカーの吹き心地ってどんな感じなのだろう。

 

 

 初日の昨日は、練習時間4時間のうちほとんどが合奏練習だった。

 

 1か月ほど前に、演奏する曲のうち4曲の楽譜は配られていたが、昨日別の4曲の楽譜が配られて、合奏始まってすぐ初見演奏させられた。そして今日追加で2曲配られて、当然のように初見演奏。やめてくれよ。

 

 アルメニアンダンスを初めて吹いた。練習はしてきたものの、初めての合奏ではまるで役に立たなかった。ヤマウズラの最後のソロ、全然吹けなかった。ナザンとか、途中で数えられなくなって迷子になった。それでも経験者が多いので、一応はまとまって聞こえるらしい。大人数、偉大。 

 

 全然上手になんて吹けないが、充実感で満ち溢れている気分。高校時代は部活なんて全く楽しくなかったから、とても久しぶりの感覚。

 

 団員は現に部活に入ってる中高生が多いものの、小学生とか、大学生とか、ブランクのある若者や社会人も参加している。メンバー募集はかなり細々とやっている印象だった。それでこうやって集まるのだから、このメンバーは皆相当吹奏楽が好きなんだろうな。そりゃ楽しくないわけないよな。

 

 ただ、知り合いがほとんどいないんだよな。いたとしても母を通して知り合った主婦の方々で、同年代の知り合いがいない。出身中学がかたよってるから、他の人たちは先輩後輩でまとまったりしている。高校の後輩もいるにはいるのだけれど、残念ながら学年が被ってないから誰も知らない。それが心細いのが今のところの悩みである。

 

 指揮者は、地元の小学校の先生。去年まである中学校で吹奏楽部顧問をやっており、私も合同演奏会のときに彼の指揮で演奏したことがある。この地区で吹奏楽をやっていた人の中ではかなり有名な人である。今回の団員も、その中学校の現役生や卒業生が多数を占めている(私は違う)。

 

 指揮者さん、おもしろ文字Tシャツがお好きなようで、昨日は「音楽は女性と似ている。理解しようとしたら楽しめない」と書いてあるTシャツを着ていた。フェミニストに怒られそうなTシャツだな、というのが第1印象。

 

 そんな指揮者と、練習後の懇親会で直接お話しする機会があった。向こうから話しかけてくれたので、立とうとすると「いやいやいや、どうぞお座りください」と言われた。優しいお方である。楽器を吹くのは3年ぶりだと伝えると、なんか喜んでくれた。いろんな人が音楽に関われるのが嬉しいのだろう。

 

 今日は練習から帰って、夕方家でも練習をした。次参加する練習会は9月の頭。あと2週間、少しでもうまくなって練習会に参加したい。今全然吹けない状態でも楽しいのだから、もっと上手になれば、さらに楽しくなるに決まってる。そう思うとワクワクしてしまってどうしようもない。負けないぞ。

 

 

なぜ私は水溜りボンドを好きなのか

 

 最近ご無沙汰だったけれど、1週間前ぐらいか、急にスマホで水溜りボンドの動画を見たくなった。1つ見たらまた1つと、見事に再びはまった。その直後の7月21日、水溜りボンドのチャンネル登録者数が200万人を超えるという幸運に遭遇する。なんてタイミングが良かったのだろう。

 

 200万人突破によせて、私が水溜りボンドを好きな理由、そして私なりの水溜りボンド考察を書こう。どちらかというと視聴者向けになっていると思う。

 

 

 

 私が水溜りボンドを好きな理由の一つは、トミーがカンタのことを大好きなのがよく分かるから。カンタのファン第1号の座は譲らない、というカンタ愛が、動画を見ていても、Twitterを見ていてもよくわかる。カンタのやることが大好きで、ずっとカンタについていきたい、というトミーの気持ちに惹かれてしまう。

 

  トミーとカンタの2人が揃っている限り、水溜りボンドは不滅だという安心感。ひたすらにカンタを慕い続けるトミーへの、何とも言えない好意。そこまで尊敬し、夢中になれる相棒がいることへの嫉妬。私の中ではこういう気持ちが共存していて、すべてひっくるめて、魅了されているなあと思う。

 

 

 カンタとの、お互いに対しての意識に差があるのもたまらない。カンタはあくまでも「2人で」やっているという意識を持っている。それに対して、トミーは「カンタが」やっていることが好きで、それを一番近くで見ている、というスタンスなのだ。

 3度の解散ドッキリ動画を見るとよくわかる。「カンタのやりたいことのためなら、解散もやむを得ない」と考えているトミー。「2人で水溜りボンドをやっているのだから、自分だけでは意味がない」と考えるカンタ。

 

 2人とも「2人で水溜りボンド」という意識でやっているとしたら、設定として普通過ぎる。彼らの間にある「意識のずれ」は、青年の友情モノとして最強の設定だとしか思えない。

 

 

 意識の持ち様だけじゃない。2人の育ちの対比が、これまた最強設定だ。

 

 3兄弟の末っ子として生まれたカンタ。両親の職業の都合上、マレーシアで生まれ、小学生時代をシカゴで過ごすという、特殊な幼少期を経験している。日本に帰ってからは、中高生時代はバスケットボール部に所属し、学級委員長など務めたりしていた。高校卒業後は現役で青山学院に進学するという、典型的な優等生タイプだ。

 

  千葉に生まれたトミーは、クリスマスのお祝いがないような、超厳しい家庭で育つ。その反動かなんなのか、中学では番長と呼ばれるほどのやんちゃを経験したり、いじめに遭ったりする。高校時代はほとんど勉強しなかったという彼は、偶然出会ったお笑いに感化されて、心機一転猛勉強。1年の浪人を経て、青山学院に入学した。

 

 そういった育ちの面を背景にした、カンタの真面目さ、謙虚さ、控えめさ。トミーのおおらかさ、豪快さ、優しさ。そういうものが「水溜りボンド」の中で存在感を表すときが一番しんどい。何も言えなくなるほどの、肯定的な感情が襲ってくる。

 

 

 彼らの過去を詳しく知りたい方は、YouTubeで「カンタ お坊さん」または「トミー 元ヤン」で検索すると出てくる動画を観てほしい。

 

 

 

 ここまで書いていて、無意識のうちにトミー派になっている自分に気付く。普段はどっち派とか、あまり考えていない体でファンをやっているが、実はトミー大好きだろう、私。

 

 

 ここでなんとなく、個人的な水溜りボンド観を述べておく。

 動画を投稿するだけであれば、多分カンタだけでも成り立つ。真面目なカンタなら、1人でも、他の人とのコンビでも、毎日投稿を続けることはできただろう。企画力もあるから、面白い動画は作れる。

 

 ただ、それは(当たり前だが)水溜りボンドじゃない。トミーがいて初めて、「トミーとカンタが動画を作っている」意義が作られる。

 水溜りボンドの動画に特徴的な、自然体さとか、しょうもなさとか、2人が率先して楽しんでいる様子とか、そういうものはトミーがいるからこそである。カンタの隣にいるのは、ただ仲のいい友達では足りない。カンタを尊敬して、カンタの面白さを積極的に伝えようとするトミーが必要なのだ。

 

 トミー1人での活動、というパターンを考えていないことに気付いた。言うまでもないが、動画を出したいと提案したのがカンタだった以上、トミーだけでの水溜りボンドは成り立たない。何かのきっかけで動画を出すことになっても、毎日投稿にはならなかったと思う。

 

 

 色々考えながら書いたが、どうしても、カンタの次にトミーがいる、カンタをトミーが支えている、というニュアンスから脱することができない。

 でも実際そうなのだろう。トミーのスタンスに照らし合わせればごく自然なことだ。トミーが「カンタの面白さを伝えたい」という意志のもと水溜りボンドに参加している限り、カンタをトミーが支えているという構図は無くならないと思う。

 

 だから、どうしても上記のような構図で水溜りボンドを見てしまう、と心配している視聴者は安心してほしい。あなたにはトミーの意思が的確に伝わっている。そういう心配をしているあなた、多分トミーファンなんじゃない?

 

 

 ああ、だめだ、かなりトミー側にかたよった文章になってしまった。これじゃ水溜りボンドを好きな理由が「トミーが好きだから」になってしまう。いやそれも理由の1つにはなるんだけれど。

 

 

 最後に、どちらかというとカンタ側に寄った「好きな理由」を書こう。それについて最近引っかかっていることもあるから、よければ読んでほしい。

 

 私は、日々新しいことに挑戦する水溜りボンドが好きだ。チャンネル登録者数が増えて、やれることが増えてくるにしたがって、ちゃんと新しいことに挑戦している。RPGに例えると、レベルが上がったら、今までよりも難易度の高いクエストを引き受けている。

 

 コラボへの挑戦、ワクワクさんへの出演依頼、米村でんじろうサイエンスプロダクションへの実験協力依頼。そういう、カンタさんの行動力は本当に見習いたい。きっと、自分たちの夢を叶えるため、そして視聴者に喜んでもらうための行動なのだろう。そういうところが大好きである。

 最近は特にその傾向が顕著、というか、1回あたりのレベルの上がり方が大きい。無人島生活、村づくり、大量系企画、ジェット機搭乗など、お金の面でも時間の面でも、できるようになったことを遠慮なくやっている。そうやって、やりたいことに挑戦できている彼らは、どうしようもないくらい楽しそうなのだ。見ているこちらも、我を忘れて爆笑する。

 

 そういう彼らの変化の中で、最近「水溜りボンドらしさ」という問題が浮上してきた。昔の方がよかった、という意見が目立つようになった。お金をかけ過ぎだ、という視聴者が出てきた。

 

 

 

 水溜りボンドに伝えたい。やりたいことでやれることは全部やってくれ。お金をかけようが時間をかけようが、やりたいことをやってくれ。面白いと思ったことをやってくれ。

 

 

 

 企画内容の変化によって水溜りボンドらしさが無くなることはないと、彼ら自身が言っていた。だったら視聴者として、とことんその言葉を信用しようではないか。

 

 私はトミーと同じように、カンタのやることを観ていたい。カンタの面白さを、身をもって伝えるトミーを観ていたい。できるだけ長く、たくさんのことに2人で挑戦してほしい。私は彼らの変化も変わらないところもひっくるめて、大好きな水溜りボンドとして、できるだけ長く見守っていたい。

 

 彼らの変化についていけなくなったら、振り落とされる覚悟だ。

 

 

 

6年2組の名漫画家

 

 6年2組には、漫画家がたくさんいた。「友情、努力、勝利」にあこがれた少年と、学園パロディを読み耽った少女とが、こぞって漫画を描いていた。私もその中の一人だった。

 

 休み時間に漫画を描くことが習慣となっていた。私の作品は、そのころ好きだった、たまごっちやどうぶつの森の二次創作が中心である。宿泊学習などの学校生活や、妹とのごっこ遊び、ゲーム内で実際にあったことなどを題材にして漫画を描く。

 

 思い出せる限り、私の小学生時代一番の力作は、たまごっちの二次創作の「たまレンジャー」だと思う。かっこいいヒーローに憧れたたまごっち5人が不思議な力を手に入れて、たまごっち星を狙う敵と戦う漫画だ。今考えると技名にしろ衣装にしろ相当ダサかったが、あの時は使える技術を駆使して得意げに描いていたものだ。当時は本気で漫画家になりたいと考えていた。

 

 漫画を描くのも楽しいが、友達に見て読んでもらうのがまた楽しい。ちゃんと漫画を描くとなると、みんながみんなやることではないので、読んだ人は大体褒めてくれるから気分がいい。漫画を描いていた他の子たちもそうだったのか、いつしか漫画を描く同級生の中でコミュニティができていった。

 

 私は自由帳にガリガリと書いていく派だったが、描いた漫画を単行本形式にまとめている同級生もいた。よくあるパッド状になっている落書き帳から1、2枚紙を離し、半分に折ったものに漫画を描いていく。できた単行本は学級文庫に陳列することが許されていて、クラスの人たちは作者に断るでもなく、勝手に借りて読む。最新巻を読み終わると、まるで売り物の作品を読んでいるかのように、次の単行本の完成が待ち遠しかった。

 

 1番人気は、ある男子(うごメモ時代のペンネームからB先生と呼ぶことにする)が描いたアクション漫画だ。ごく普通の野球少年Oは、ひょんなことから地球を侵略しようとする敵に出会い、仲間たちとともに地球を守ることになる…みたいな内容の漫画だった気がする。序盤どうやって始まったか覚えていないのが惜しい。

 

 主人公とその主な仲間たちは、6年2組の同級生をモデルにしており、それぞれ自分の得意分野を生かして戦う。主人公Oは野球、2枚目キャラのYはバスケ、紅一点のYはピアノ…といったようなものである。同級生がモデルなだけあって、漫画が雑談のネタにもなりやすい。B先生が同級生のことをどのように見ているかもわかるのがまた面白い。

 

 敵キャラの個性の強さも特徴だった。外見もさることながら、セリフの癖が強い。一番印象に残っているのは、戦闘中、余裕綽々(しゃくしゃく)な敵キャラが発した「早く帰ってケーキ食いて―」である。超むかつく。むかつくからまた印象に残る。何度このセリフのモノマネをしたことか。

 

 ここまで書いておいてなんだが、B先生のこの作品、キャラクターデザインの基礎は棒人間なのである。顔の特徴こそ十人十色だが、体は棒人間。キャラデザはシンプルの域を超えていたが、それでも本当に面白かった。内輪ネタのようになっていたのもあるのだろうけれど。シンプルゆえに、誰でも真似して描けるのも楽しかった。

 

 残念だったのが、終盤キャラクター数が増えすぎて、ついていけなくなってしまったこと。70話を超えたあたりからだんだん物語が複雑になってきて、物語が最後どうなったのか全く覚えていない。100話を超えたことしか思い出せない。もしかしたらこれも連載が長い漫画の現実なのかもしれない。それにしても、覚えていないことが悔しい。

 

 B先生は高校を卒業後、専門学校に進学して漫画かイラストのことを学んでいるようだ。飽きないなあと思ったが、そういう私も来春から専門学校で同じようなことを学ぼうとしている。そういう仕事に就こうとするぐらい強烈な経験をしたのだと思う。

読書力をつけなければいけないような気がする

 

 齋藤孝「読書力」を読んだ。

 

 図書館で借りてきて読み始めたら、割と序盤に「本は本屋に行って身銭を切って買うべきだ」「本屋に行けばすぐ手に入る本を図書館で借りているようでは見込みがない」みたいなことが書いてあって、申し訳なくなった。誰だ、この本を図書館に置いたのは。この本を借りる行為が既にこの本の主張と矛盾しているではないか。

 

 齋藤先生が「読書力」がある、と考えるラインは、文庫本100冊、新書50冊を読破しているレベルだという。私は今まで、どれだけ読んできたのかと気になったので、読書管理アプリをインストールして、今までに読んだ記憶のある本を片っ端から登録していった。今、やっと60冊台に乗っている。

 中学生の時に読んだ本とかあまりおぼえてないし、高校生ではあまり読書をしないできてしまったのが痛い。中学時代に、山田詠美の「蝶々の纏足/風葬の教室」を読んだことはやけに覚えている。植物図鑑とか読んでおけばよかったのに。老人と海を避けないでおけばよかったのに。教室の後ろに学級文庫があった時代にもっと読んでおけばよかったと後悔している。

 

 最近は、というか、高校生あたりから小説を読むことが少なくなってきて、もっぱら新書か単行本ばかり読んできたので、文庫本のストックが少ない。急遽ブックオフで3冊ほど買ってきた。

 

 150冊までまだ倍以上ある。頑張って本を読むのもそうだが、今まで読んだ本を思い出さなければいけない。60冊しか読んでないというのはあり得ないだろう。思い出せていない本があと10冊はある気がする。見れば「ああ、読んだことある!」と思うはずなのだ。図書館を巡回して思い出すしかないだろうか。

 

 どこまでを本としてカウントすればいいのかも悩みどころだ。中学生のころむさぼり読んだ「まんがで読破」シリーズはカウントしていない。ちゃんとオリジナルも読んでおけばよかったのに!ティーンズコーナーに置いてあった「ハッピーバースデー」はアウトだろうか。一応形は文庫本なのだが。文芸書版も読んだことがあるから、それと一緒にカウントしようか。同じ理由で「カラフル」も迷ったが、こちらは悩んだ末にカウントしてしまった。羅生門を教科書で読んだ、とかはまあダメだろう。

 

 いまアプリを見返してみたら、ことのほか単行本が多い。齋藤先生的にはあまりよろしくない感じなのだろうか。いや、でも単行本数えないと無理だ。全然足りなくなる。

 

 ブックオフや書店で本を物色するのと並行して、青空文庫にも手を出してみた。なんと無料で文豪たちの名作が読めるのである。全然身銭を切ってないじゃないか。今は「吾輩は猫である」を読んでいる。上下巻に分かれていないので、ものすごく長く感じる。全然読み終わらない。

 

 読書力をつけると、情報処理能力が上がって、語彙力が上がって、コミュニケーション能力も上がるのだそうだ。読書力でもつけなければ、私はこの世の中で生きていけない気がする。150冊への道のりは険しい。