随筆練習帳

随筆(エッセイ)の練習帳。原稿用紙6~7枚分を目指して

ずっと誰かに話したかったこと

 少し、私の話をしても良いでしょうか。長くなると思うので、聞き飽きたら、スマートフォンをいじるなり、居眠りするなりしてくれて構いませんから。

 

 私には好きな男の子がいるのですが、その彼と、8月の半ばから、連絡がつかない状態になってしまったのです。
 端的に言うと、LINEのアカウントが消えていました。私は彼のLINE以外の連絡先を知らないし、Twitterとかやっている様子もないので、本当に連絡手段がなくなってしまいました。
 最近やっと心が落ち着いてきましたけれど、アカウントが消えていると気づいたときは、それはもう悲しかったし、やるせなかったですね。

 

 この間の6月にね、その男の子と出かけてきたんです。
 去年、縁あって一緒の吹奏楽バンドで演奏した、私と同じホルン吹きの男の子なんです。私と同じといっても、彼の方が幾倍も上手で、きれいな音を出して、音楽の知識もそれはもう豊富で。いや、私の知識が無に等しいだけなのかもしれませんけどね。
 勿論クラシックにも通じてて、ホルンがカッコいい曲から始まってね、いろいろな曲を教えてもらいました。
 ラフマニノフ交響曲マーラー、ボストンポップスのSummon the Heroesとか、惑星とか。シカゴ響とか。イウォーゼンのブラス作品とか。
 TADウィンドシンフォニーっていう吹奏楽団も教えてもらって、CD音源をお裾分けしてもらったりもしました。
 そんなことになったのが去年の演奏会直前、11月のことで、その前から私は彼のことが好きではあったんですが、やり取りをするうちにますます好きになっていきました。
 だってなかなかないじゃない、こちらが何も言っていないのにCDを焼いてきてくれることなんて。


 演奏会が終わった後は会う用事もなくなってしまったのですが、12月にも数回、LINEでやり取りをしました。2回くらいかな。
 でも、私があんまり奥手すぎるのでしょうか、うるさく思われたらいやだなあなんて思って、その後はメッセージを送ったりしませんでした。向こうから何か連絡が来ることも、もちろんありません。こちらが何か送れば、すぐに返してくれたんですけどね。用事がないからね。


 で、今年の1月にTADのニューイヤーコンサートがあって、本当はこちらにその彼と行きたいなあ、なんて思っていたのだけれど、誘えなかったので1人で行きました。
 そのあとの6月に、今度は同じ楽団の定期演奏会があったんです。今度こそ、と思って、頑張って彼に連絡しました。
 相変わらず割と早い返事が来てね、「前回のトーク去年ですね笑」なんてね。そうよ、去年からアナタ何も連絡してくれなかったからね。私も何も送れなかったけれどね。
 で、TADの定演があるんですよ~なんて言ったはいいけれど、一緒に行こう、みたいなニュアンスの言葉を省いてしまったんです。だって一緒になんて恥ずかしくて言えないじゃないですか。
 向こうもまさかこちらの気持ちが汲み取れるわけもなく、「一緒に行きませんか」って言うためだけに、もう1度連絡しなおす羽目になりました。
 誘いには一言「いいですね」って返してくれて、こうして晴れて演奏会デートが決まったわけです。


 当日はおめかしして行きましたよ。白いニットのブラウスに、深い赤色のスカートに、寒かったので黒タイツを履いて、慣れないパンプスなんか履いちゃって。
 雨が降っていたので、あの赤地に金の楽譜柄の、とっておきの可愛い傘を差していきました。
 学校を早退して、電車に乗って。スマートフォンの充電がギリギリになるなんてハプニングもあったけれど、何とか荻窪までたどり着きました。


 そこでちょうど彼から連絡が入って、先にホールに着いたから、席を取っておくとのことでした。
 小走りでホールに向かって、会場に入って彼を探しました。こちらに向かって、手を挙げている彼の姿を見つけました。凄くウキウキしちゃった。
 久しぶりに彼の隣に座ってね。ほら、合奏の時とか当たり前に隣の椅子に座るじゃないですか。でもその時の「隣に座る」とは全然違ってね。
 いつぶり?半年ちょっとぶりじゃない?とか、最近どうですかーなんて世間話が始まって。今日はトーマスドスが来日して会場にいるらしいですよ、って言ったら、「今も吹奏楽とかクラシック聴いてるんですか?」って聞かれました。聴いてますよって言ったら、「僕そっちの方最近全然聴いてないんですよ」って。
 なんか悲しいというか、寂しいというか、残念な気持ちもちょっとしました。だって私がクラシックを聴くようになったきっかけは他でもない彼だし、大体クラシックについて一緒に話せるような人は彼くらいしかいませんからね。ウィテカーのクラウドバーストがやばいんですよ、みたいな話をしたかった。
 でも最近は渋谷系とか、シティポップとか、そういう系が好きで、そういう曲も作ってます、って言ってたから、私キリンジが好きなんですよって言ったら、分かってくれてとても嬉しかったんです。キリンジ分かってくれる人もあまり周りにいないので。
 曲の合間合間で、プログラムを眺める彼の横顔を眺めてたんですけど、手の綺麗さばかりに目が行きました。本当に綺麗な手をしているんです。
 この日は前々から、絶対ヴァンデルローストのオスティナーティが入ったライブCDを買うぞ!と意気込んでいたのですが、世間話が止まらないし、CDなら後でネットでも買えるけれど、彼とは今しか話せないな、なんて思って、休憩中もずっとお喋りしていました。私が話題を振ることはいつも通り殆ど、ほっとんど無かったのですが、彼は会話が上手なのでしょうね、次々に話題を振ってくれて、会話が途切れませんでした。


 この時の会話で、私が彼について分かったことは、渋谷の音楽の専門学校に通っていること、多分学費のほとんどを奨学金で賄っていること、毎日横浜の郊外から約1時間半かけて通学していること、プロの作曲家みたいにコンスタントに曲を作っていて大変忙しいこと、そのせいで、学校の自販機で売っているアルフォートを昼食代わりにしなければいけないこと、あまり寝ていないこと。バイトを最近辞めたこと。作曲よりは編曲をメインにしていること、そのせいで印税が入ってこないと悩んでいること。ジャンク品の機械を買っては修理して、メルカリに出品して、お小遣いの足しにしたりすること。私が絵を描いている、というのを知っていたこと。大学に通っていた、というのを知っていたこと。絶対音感持ちだということ。自分用のPCがWindowsだということ。いや最後。もうちょっとちゃんとした情報も得たような気がしていたのだけれど、所詮は世間話だったのでしょうか。
 眼鏡の度があっていないので、せっかくのドス氏の顔はあまり見えませんでした。アンコールにヴァンデルローストのアダージョが演奏されて、それが嬉しかったなあ。


 帰りに去年の演奏会の話題が出て、今年はやれるのかな、参加したいな、なんて話をしていました。結局、その後の見積もりであまりにもお金がかかりそうなので参加できないなと言われ、やるはずだった今年の演奏会自体も、企画倒れしてしまいました。


 彼の作った曲が前から聞きたかったのでそれを伝えると、2曲ほど聴かせてもらえました。1曲は、女の子5人組の、ジュニアアイドルの歌。歌い手の声とか歌詞とかが可愛らしくて「この曲をこの人が作ったのか」なんて違和感を覚えずにはいられなかったのですが、別に彼が作詞している訳じゃないし、よくよく聞けば、楽器の音がとてもカッコいい曲。トランペットとピアノの音は、彼自身の演奏の録音だそうで、すごいですよね。もう自分で歌まで歌っちゃえばいいのに。


 彼は金管楽器全般と、ピアノと、フルートが演奏できて、当時はクラリネット等のシングルリード楽器を練習していると言っていたから、今頃はいい感じで上達している頃でしょう。ベースも弾き始めたと言っていました。弦楽器は別にしても、1人オーケストラとかできるかも、なんて、楽しそうに話していて、私からも楽しみにしています、と伝えました。
 後は、趣味で、と彼は言っていたけれど、立派な自主制作です、交響曲を中学2年生の時から書いているのだということも話してくれました。今の進捗がどれくらいだとかは聞かなかったけれど、5~6年近い年月をかけて書いているのだから、彼のこだわり、彼の世界観が詰まった作品になるでしょう。出来上がったら、いつか聴かせてほしいものです。希望としては、作曲者自身の指揮で。


 彼は私に、アルバイトって何やってるんですか、と聞いてきました。宅配の受付ですよと答えると、男性だと仕分けの方に回されるでしょう、と言われました。そんなことはなくて、実際私の年代で同じ受付をやっている女性は私だけなので、多分彼にそんなことを伝えたのでしょうか。
 彼が以前やっていたアルバイトは、時に120kgを超える荷物を運ぶ重労働だったと言っていました。ピッキングかなんかなのでしょうかね。二宮金次郎みたいに荷物を背負うのだそうだけれど、120kgじゃあ金次郎もびっくりです。

 学校の制作が忙しくてやめたけれど、怪我も怖いし、いずれ辞めていただろう、みたいな話でした。彼は作曲家であると同時に演奏家なので、手を怪我したりでもしたら一生分の損失です。私の損失でもあります、彼のホルンの音色が聴けなくなったりでもしたら。
 それとは別に昨年度末、持病か疲労か何かで倒れていたようでした。薬も飲んでるんだ、みたいな話から勝手に察するに、メンタル系の病気なのではないかな、と愚かにも推測しています。


 会場を出るときにお腹すいたなって言っているのは知っていたのですが、普段あまり眠っていないし食べていないのじゃ、せめて早く帰らせてあげねばならぬと、どこかコーヒー屋さんや飲食店に寄るでもなく、「なるべくちゃんと食べてちゃんと寝てくださいね」なんて言って、じゃあまた、と駅で別れました。

 

 家に着いてから、今日はありがとう、楽しかったですとメッセージを送ったのですが、2週間ほど既読すらつかないので、危うく初めての電話を掛けそうになるところでした。あまりにも心配で心配で、気が気じゃありませんでした。
 2週間たってやっと、制作が忙しくてLINEを見られなかった、と返信があって、その時の安心感たるや。その時の本題はさっき話した、今年は演奏会やっても出られない、という話だったので、決して手放しで喜べるわけではなかったのですけれど。


 そのまた2週間後くらいに、彼が好きそうな小山田圭吾の企画展をみつけたので、教えるためにメッセージを送ったら、今度はまたその1週間後に返信が来て、曰く、夏バテでぶっ倒れてました、と。

 いやアナタそれは熱中症と違うの、お願いだからちゃんと寝て、ちゃんと水分とって、クーラーの効いた部屋でゆっくり過ごして、夏バテには夏野菜と豚肉がいいんだよと色々言いたいのを我慢しつつ、お大事にしてくださいというのと、小山田圭吾好きかなって思ったんです、という旨の返信をしました。

 その後返信はなく、8月に入ってから、これもさっき言った、演奏会断念のお知らせが主催者側から届き、私が夏コミの準備をしている最中だったのでしょう、彼はアカウントを消していました。

 

 彼が元気で、幸せで、作りたいように曲を作って楽器を演奏してくれたら、私のことなんか忘れても別に構わない、と言いたいところです。これはこれとして1つの本心ではあるのですが、やっぱり私は彼のことが好きで、彼にはまた会いたいし、いつでも会えたらもっといいし、一緒にご飯食べたりお散歩したり、そのあいだじゅうお喋りしていたりしたいわけです。手は繋ぎたいし、抱きしめ合いたいし、キスだってできたら最高ですよ。

 彼のアカウントが消えたら、こちらから何か連絡しようか、煙たがられはしないか、などとと悩むこともないし、きっと忘れるだろうと期待もしていました。

 実際変な悩みは無くなったのですが、ただひたすらに会いたいな、という気持ちはしつこく残っています。1番幸せな時間は、彼とのお喋りを脳内でシミュレーションしているときです。

 大体向こうが私のことを忘れようとも、私が彼のことを忘れるのは言語道断です。彼は私の人生を大きく変えてくれたので。彼と出会わなければ一生聴かなかったであろう楽曲が、本当にたくさんあります、ありすぎます。

 彼は私と楽曲たちの出会いの媒介者で、私の人生において偉大な功績を残しました。私は彼のことを死ぬまで忘れてはならないし、常に彼に対して尊敬と感謝の念を抱いているべきだと思っています。

 

 彼が気付いてくれたら、と思って、彼が楽曲提供したアイドルのイラストを描いています。彼とはどうせまたどこかで会えるだろう、という気がしなくもないですし、もしかしたらもう一生会えないかもしれない、という不安に襲われることもあります。

 多分会えるでしょう。会えなかったら、それはどちらかが早く死んでしまったときでしょう。また彼の吹くホルンの音色が聴きたいなあ。

好きな食べ物はなんですか

 私が人に愛されている実感がないとか、わかってもらえないという感覚を持つのは、私が人に自分のことを話さないということが一因となっているのかもしれません。これは卵が先か鶏が先かという話になってしまうのですが、「どうせ話してもわかってもらえないのだろう」という思いから、自分のことを話さないというのは、実際あります。

 

 聞き役に徹していれば―これはほとんど無意識にそうしているのですが―相手の話は大概聴いていて面白いものだし、相手だって話を聞いてくれる人がいれば嬉しいし楽しいですから、基本的にwin-winです。それで私は余計に自分の話をする機会が減ってしまうのですね。

 

 会話のきっかけとして質問はよく使われますが、なかなかうまく答えられない質問も少なくありません。困ってしまう質問に「好きな○○」があります。「好きな食べ物」を尋ねてくるとき、質問者はなぜか答えが一つであることを想定しているのです。私は好き嫌いが(食べ物に関しては)あまり多くはないし、何でもおいしく食べられる人間なので、正直に好きな食べ物を答え始めたらきりがなくなってしまいます。

 

 辛いものが好き、と言うと、少し個性が出ていいかもしれません。担々麺や四川風麻婆豆腐なんてのは大好きです。わさびも平気だし、タバスコや一味唐辛子は食卓に必須です。

 

 でも、甘いお菓子も大好きです。夏にはアイスが常に冷凍庫に入っているし、夏以外の季節にはチョコレートが常備されています。ドーナツ屋さんにもよく行くし、たまにプリンやコーヒーゼリーが無性に食べたくなることもあります。

 

 もう一つ個性のある答えをすると、シナモン好き、というのもありますね。家にシナモンパウダーの瓶が置いてあるくらい好きです。シナモンロールも好きだし、アップルパイも好き。外国産のお菓子は、シナモンがたっぷり入っているものがたくさんあっていいですね。家ではシナモントーストをよく作っています。トーストにグラニュー糖とシナモンパウダーをかけるだけなんですけれどね。

 

 あとはさっき担々麺が出てきたけれど、ラーメンは好きだし、お寿司も好き。お寿司の中ではつぶ貝が特に好きです。後はカツオとか、アジとか。お蕎麦も好きですね。鴨南蛮が一番好きです。

 

 自分では、煮物とか炒め物を作ることが多いですね。私の自炊のモットーは「いかに大量の野菜を効率よく摂取するか」にあるので、そういういっぺんに何食分も作れる調理法に頼ってしまいます。

 醤油と酒、みりんを使う和風の煮込みも、味噌煮込みも、コンソメで煮るのも好きです。寒い時期はポトフとかよく作ります。

 レトルトの中華の素を買ってきて、中華料理っぽいものを家で作ることもあります。たいていの場合、材料がそろっていません。回鍋肉なのに豚肉じゃなくて鶏肉が入っているとか。

 洗い物が面倒なのであまり作りませんが、気が向くとカレーも作ります。鍋が焦げ付くのが嫌なので、炊飯器を使って煮込みます。途中で灰汁だけとって、炊き上がる少し前にルウをとかせばいいだけなので、とても重宝しています。

 

 母の作る料理で好きだったのは、出汁がたっぷりの和風スープです。だしを取った昆布がそのまま入っていて、鶏の肉団子なり豚肉なり、後は白菜や白ねぎが入っていました。

 彼女は朝食を前の晩に作るのですが、それが毎回とても工夫された食事なのです。朝食を作ることは、彼女の趣味の一つのようにも見えました。

 あと、これは本当にたまになのですが、鶏肉の大きな照り焼きのハンバーグを作ってもらいました。上に載った卵黄を割って、家族3人でつつくのです。あれは本当においしかった。

 

 辛いものとシナモンのほかにもう一つ、個性のある答えがあるのを思い出しました。

 私はチョコミントフレーバーが大好きなのです。最近チョコミントが市民権を得つつあることが本当にうれしくて、お店で見かけるとつい手が伸びてしまいます。お菓子はもちろん、蒸しパン、メロンパン、チョコミント味の豆乳なんてものもありました。

 小さいころ、母にシャトレーゼに連れて行ってもらって、アイスを買ってもらうことがよくありました。その時から何故かチョコミントのアイスを選んでいました。子どもはミントのあのスースー感とかが苦手そうなものですけれど、不思議ですね。

 

 そうそう、好きな食べ物を尋ねられたら、本当はこのくらいのボリュームで回答したいのです。それが頭の中で渋滞して、うまく言語化できなくて、スムーズに答えられないのです。

人を本気で愛する

 自分の身体と精神の健康・安定を保つことは、常に私に求められていることの一つである。環境が変わっても、時間が無くなっても、責任が重くなっても、生きるための気力と体力を保持すること、そのための知恵と行動を身に着けることは、私の生活の中にある基本的なテーマだ。

 

 私の場合、初夏・梅雨の時期に掛けて、それが難しさを増す。3年前、一昨年はそのタイミングをうまく乗り越えられないで心を病んでしまった。去年はどうにかやり過ごすことができ、その後新たなテーマがやってきた。去年の場合はトラウマの克服とか、集団の中で楽しみ楽しんでもらう経験をすることとかだったと思っている。

 

 今年も夏本番になり、学校の課題とバイトに振り回されつつも何とか峠を乗り越えた私に、新たなテーマが課されている。

 

 人を本気で愛する権利、人を本気で愛する義務が与えられている。

 

 人を愛しようとするのはなんて難しいことなのだろう。なんて怖いことなのだろう。きっとこんなのは初めて経験することで、人を本気で愛したらどうなってしまうのか、見当もつかないから余計に怖いのだろう。

 

 どうしたらチャットというひどく使い勝手の悪いツールで、なるべく誤解のないように相手に物事を伝えられるのだろう。業務連絡には便利だけれど、自分の気持ちを慎重に伝えたいときには全く使えない。電話か文通がいい。

 

 自己防衛に回って相手に接触できずにいたら、いつまで経っても相手を愛するどころか、相手にしてあげられることもないままだ。相手から拒絶されたらどうしよう、と思う。きっとはっきり拒絶されてから考えればいいのだろう。相手に気味悪がられたらどうしよう、と思う。1か月返信が来なくなってから考えればいいのだろう。大体現時点で、メッセージのやり取りが一度始まれば5分、遅くても10分以内に返信が来ているのだから、実はそれほど心配しなくてもいい気がする。

 

 「あなたの話が面白い」「あなたと一緒にいると楽しい」「あなたの作品が好き」「あなたのやってることはすごい」「あなたに元気でいてほしい」「あなたに楽しんでほしい」「あなたに幸せでいてほしい」なんて、伝えたいことも、これからも伝え続けていきたいこともたくさんある。

 

 今までもそうだったけれど、こちらが緊張しながら伝えたことを、相手は案外好意的に受け取ってくれるのだ。私には彼を愛する権利がちゃんとあるのだから。

 

 そして彼の厚意や笑顔を、私としても真摯に受け取るべきなのだろう。「楽しかった」とか、「また誘って」なんて言われなくても、彼が楽しんでいたことなんか、分かり切っているじゃないか!!

 

 写真の授業で先生が言っていた、「カメラマン側がだんまりしていると、被写体側も不安になってしまう」と。私が不安になったら、相手もまた不安になってしまう。私が自信をもって笑っていれば、相手も笑顔でいてくれるのだろうか。

 

 今の時点で私と彼は友人なのだから、友人がいつから夏休みに入るのか尋ねることのどこに不自然な要素があろうか。かえって堂々としていた方が良いのだろう。

 

 彼のことを愛するには私はまだ彼のことを知らなすぎるし、彼にしたって私の愛を受け取るには、まだ私のことを知らなすぎる。私の経験の中に何か有用なことがあれば使ってほしいし、面白いと思ったことがあれば笑ってほしい。あるいは、彼が私にくれたものが、巡り巡って彼に還っていくように、何かできることをやりたい。私にはきっと、彼がよりよく生きられるよう働きかける使命がある気がしてならないのだ。

 暖かくなってきて久しいのに、今年は全く花粉症の症状が出ない。毎日マスクをして、点鼻薬を打っていた私が花粉症を克服するとは思ってもいなかった。引っ越したのが好影響だったのだろうか。楽なのはもちろんのこと、薬代がかからないのも嬉しい。

 

 暦上で春が来ているとともに、私の友人たちにもいつの間にか春が来ているようだ。

 

 「男子怖い、恋愛とか分からない、彼氏欲しいっていう人の気持ちが分からない」と言っていた工学部生の友人が、知り合いの紹介で医療系の男性と交際を始めていた。とても幸せそうで何よりである。先日彼女の誕生日プレゼントを選びに雑貨店に行ったが、満たされ切っている彼女に何を贈ったらいいかさっぱり見当がつかなかった。迷いに迷いぬいた末、フィラメントがお洒落な電球を買った。

 

 恋多き女として友人間で名高い服飾系学部生の友人に、湯島天神の近くで占いを受けるので付き添いで来ないか、と誘われ、御徒町に降りた。彼女は「今の彼氏は彼氏らしくない、男らしくない。仲良くしている男性が別にいて、そちらの方が気になっている」と悩んでいた。世の中にはいろいろな種類の悩みがあるんだな、としみじみ思う。

 さっそく占い師に相談をしたところ、今の彼氏は「精神年齢が3~4歳」、別で気になっている男性は「自分のことしか考えていないクズ」とこっぴどい言われようをされていた。「今日から美人で行け」とアドバイスをもらっていた。

 

 「デートとかめんどくさそう、多分一人で生きていく気がする、宝塚に生きる」と言っていた農学部生は、観劇で席が隣だった人に恋をしている。その日のうちに食事を共にし、話が盛り上がってしまったそうだ。初対面の人間と食事に行くなんて私には考えられないが、そんな行動力がかなり羨ましい。甘え上手な彼女は、相手から先にLINEが来ないのも気にせず、メッセージを送ったり電話を掛けたりできる。そういう、いざという時の図々しさみたいなものは、是非私にも分けてほしい。今度一緒に遊園地に遊びに行くのだそうだ。

 

 高校時代の同級生に、結婚を前提とした交際をしている女性がいると聞いたときは驚いてしまった。それどころか、すでに結婚をして子どもをもうけている同級生もいる。20歳―成人しているとは言えど、私の中で、自分というのは全くの子どもという意識なのだ。結婚なんて考えていないし、そもそも願望がない。来日するヴァンデルロースト氏に会いに行くために、高速バスで1人で大阪に行くくらいには自由でいたいのだ。たとえが変だな。そう、友人たちが恋愛という通過儀礼を早々と済ませて大人になってしまうのが寂しいのだ。

 

 先日、好きな人が登場する夢を見た。相手と実際に連絡を取り合ったのは、去年の12月半ばが最後である。起きてから、なんとなく「気になる人 疎遠」で検索をかけた。「思い立った時に連絡しよう」と言われても、そうする勇気がないからインターネット検索なんかしているのだ。記事のライターは全く分かっていない。

 そもそも、皆が皆、何もなくてもLINEのやり取りをすると思ったら大間違いだ。私には事務連絡以外でLINEのやり取りをする習慣がほとんどない。ただの友人とだって滅多に連絡を取らない性分なのだ。今更だが、これは只の言い訳である。知っている。困っている。

 

 

2018年やりたいことなど

今週のお題「2018年の抱負」

 

 ラフマニノフ交響曲第2番をコンサートで聴く。1月号のぶらあぼを見て、聴きに行くコンサートの目星はつけてある。予定さえどうにかなれば行くつもりだけれど、そういえば、プロのオーケストラの演奏会に行ったことがない。

 何となくちゃんとした格好をしていけば良いのだろうか。何か特別なマナーとかあるのだろうか。ガラコンサートじゃなければ割と気軽に行ってきていいのだろうか。

 

 ヘ音記号の楽譜が読めるようになる、ホルンのinF以外の楽譜を読めるようになる。先日、地域のホルンアンサンブルの集まりに初参加してみたのだけれど、オケ経験者(プロ含む)が標準レベルらしく、ト音記号のLowBより下の音とか、ヘ音記号が普通に楽譜に出てきて、対応できないのが物凄く悔しかったので。

 その音域の音自体は出るけど、普段全く楽譜に出てこないので、油断していた、というか想定外だった。アルメニアンダンスだって最低音はLowDだし。ソルフェージュを頑張る。

 inFしか読めないとかなり不便なことにも気づいた。モーツァルトのホルン協奏曲第1番はinDだったので、印刷したはいいが放置してある。コプラッシュを買うことを検討中。

 

 キルフェボンのタルトを食べる。去年から食べたいと言いながら、結局今年は食べに行くことができなかった。イチジクか、桃のタルトを食べたいとずっと思っている。来年こそは絶対食べるぞという決意をしてみる。

 

 友達と遊ぶ。毎年遊ぶことは遊んではいたのだけれど、地理的な制約があったので、年に1度か2度くらいが限界だった。その制約が取っ払われた今、「今週末カラオケ行かない?」くらいのノリで遊びに行きたい。大人数集まらなくてもいいから、もっと頻繁に遊びに行かないと精神的な活力を保てないのだ。

 

 演奏会のプログラムのデザインを担当したい。せっかくそういう専門学校に行くので、なにかうちの団体のお役に立ちたい。先日うちの楽団の事務局長と話す機会があって、「もしよければ」というお話をいただいたので、すごくやってみたい。私のポートフォリオのページ数を少しでも増やしたいというのもある。

 

 余裕のある優しい大人になる。2018年の2月に20歳になるので、なりたい大人像に少しでも近づければと。余裕のある人を見るとこちらも気持ちが楽になるし、ずっとイライラしてるような人とは一緒にいて落ち着かない。一緒にいて心地がいいと思われる人になりたい。

 

 

好きな人の好きなものを好きになって沼に落ちる

 引っ越し先でWi-Fiが使えるようになってから、毎日毎日クラシックばかり聴いている。もっとも、Wi-Fiがくる以前から、近所のWi-Fiが使えるコンビニやカフェに入り浸って聴いてはいたのだけれど、今は本当に1日中聴いている。

 

 昨日、一昨日はヴァンデルローストの作品集をひたすら漁っていた。プスタ、リクディム、タンツィはもれなく好き。「Dances of Innocence」が個人的にとても気に入ったのだけれど、録音は少ないし、国内で楽譜が出回っていない様子でとても残念。いつかあのハンドクラップをやりたい。

 舞曲チックな曲が好みのようだ。「ダンス○○」とか、「○○ダンス」とか。スパークのダンス・ムーブメントは大好きな曲の一つ。

 

 タッドウインドシンフォニーのダンス・ムーブメントの録音が入ったCDが欲しかったのだが、この間見てみたら在庫がなくなってしまっていて、問い合わせというものをしてみた。近日中に入荷するとの返信が来て、昨日再入荷のお知らせが届いた。早く買ってしまわないとと思いつつ、お金のやりくりが辛い。タッドのニューイヤーコンサートのチケットを買ってしまったのだ。

 

 おすすめしてもらったイウェイゼン作品集の中のホルンとピアノのためのソナタはパッと聞いていい曲だと確信した。そこからヒンデミットソナタに手を付けて、一昨日ディスクユニオンの108円セールでバーンズ&イスラエルフィルの「画家マティス」のCDを見つけて、さっき全部聞いたところ。弦楽と金管のための協奏曲が特に好きだった。

 

 ソロコンを聴きに行ってみようかと独り言のように言ってみたら、日本音楽コンクールを勧められたので、受賞記念演奏会の日を手帳に書いてある。チケット代がかさむ。いい席で聴きたいのはやまやまだけれど、A席のチケットを取ろうと思っている。

 

 あとは、こないだホルンアンサンブルの会で吹いたバッハのブランデンブルク協奏曲にはまった。朝に聴きたい。チェンバロをもっと聴いてみたくて、これもバッハの、チェロとチェンバロのためのソナタ全集を図書館で借りてきた。管楽器がいない曲は殆ど聴いてこなかったけれど、聴きやすくてよかった。

 これで勢いがついて、applemusicでおすすめされたクラシックピアノのプレイリストを流し聞きしていた。ピアノの曲を書く作曲家は多すぎて、どこから手を付けたらいいか分からない。ラフマニノフ交響曲は聴いたので、ピアノも聴き始めてみようか。

 

 ラフマニノフ交響曲も結構な回数を聴いた。今のところ、一番好きなのは第2番。第2番の第4楽章が特に好き。第2番第3楽章と第3番第1楽章が次点ぐらいだろうか。

 

 マーラー交響曲の中で第5番が1番好きだ、という話で盛り上がった。おすすめの音源を尋ねてみたはいいものの、聴いて違いが分かるほど耳が肥えていなかった。ただ、NYフィルの第5楽章の後、「ブラボー!」と拍手が聞こえてきたのは感動した。ライブならでは。そういえばタッドの録音もライブだった。

 

 今はデニスブレインの録音を聴きながら書いている。モーツァルトのホルン協奏曲。ロンドが楽しくて好きだ。やっぱり舞曲が好きなのだろう。

 デニスブレインの音を聴くと、「なんで私なんかがホルンを吹いているのだろう」という気持ちになってくる。そういうのも含めてデニスブレインは好きだ。

 蛇足だけれど、彼の容姿も好きだ。1度母に「カッコいいでしょ」と写真を見せたら反応が薄かったのだけれど、イギリスの人だと言ったら目の色を変えた。彼女は何かイギリスへのあこがれがあるらしい。

 

 2週間くらい前だか、中古屋でジョンウィリアムズ&ボストン・ポップスの惑星のLPを見つけて、何かの縁だと思って買ってきてしまった。あとジャケットのデザインが可愛いから。1080円。いつかレコードプレーヤーを買ってこなければ。

 

 焼いてもらったCDは、最初はフェスティバルヴァリエーションばかり聴いていたような気がしたのだけれど、iTunesの再生回数を見てみたら春の猟犬とオクトーバーが同率だった。影響され過ぎではないか。

 

 時々、R.シュトラウスの協奏曲がふと脳内で流れる。音の主はおそらくデニスブレイン。この曲で県のソロコンで1位を取ったと言っていた。そのときの録音とか、ビデオとか残っていないのだろうか。もっとも、残っていたところで見せてとも言えないのだけれど。

 

 

ご褒美

 

 私が所属する楽団は、団員の年齢も職業も居住地も様々だ。そんな団員が80名もいるので、毎回の練習会には必ず欠席者が発生する。だから、

「欠席者にも練習内容が伝わるように、パート内で共有してください」

 Yさんからそう言われている。前々回の練習会からホルンパートは1人ずつ欠席しているので、私が練習内容のまとめをホルンパートのLINEグループに送っている。

 聡と違って音楽的なところは何も貢献できないので、せめてこういう事務仕事だけは私がやろうと心掛けているのだ。

 毎回、妃菜だけは「ありがとうございます!」のようなメッセージを返してくれる。最初は他二人から返事が来ないことに戸惑ったけれど、最近は妃菜からメッセージが来るだけでとても嬉しくおもう。妃菜からも何も返ってこなかったら、私はとっくに心が折れていたんじゃないか。

 

 先週に引き続き、台風22号が接近する中での練習会だった。体育館の入り口前で折り畳み傘を畳んでいると、聡の姿が見えた。

「こんにちは」

「傘が曲がっちゃって大変だったんですよ」

「あららら、大変でしたね」

 畳まれた黒い傘は、言われてみれば確かに少し歪んでいるようにも見えたけれど、そこまで酷く壊れているようには見えなかった。

 

 いつものように、3階の音楽室から打楽器を下ろしてくる。この日は、小学生2人組と一緒にシロフォンを下ろした。

「6年生2人じゃきついもんね」と2人は言うけれど、私の体型も大して彼女たちと変わらない。小学生が1人増えたようなものだ。何なら、彼女たちの方が私よりも身長が高かったのではなかったろうか。

「先生、呑気にラーメン食べてるよ。一緒に打楽器運んでくれればいいのに」

「私たちに急いでお昼食べさせておいて、全くずるいね」

 2人は昼食をとる指揮者に向かって憎まれ口をたたく。忙しい中、指揮者にとっては数少ない休息の時間なのだ。許してあげてほしいと思った。

 

 演奏会まで1か月を切ったというのに、このタイミングで曲目が追加された。曲は「You raise me up」。校内放送で、スコアの番手が3rdまでしかないと聞いたときの私は、多分変な顔をしていただろう。

 「指揮者のところに楽譜を置いてある」と言っていたので、職員室にいる指揮者のところに楽譜を取りに行った。他に楽譜を取りに来そうな人がおらず、かなり挙動不審に、

「楽譜って…ここで合ってますか…?」と尋ねる。

 そんな予感しかしていなかったけれど、指揮者が楽譜を持っているわけではなかった。指揮台の上に置いてあるのを案内されてしまった。とても恥ずかしい。

 指揮者に助言をもらい、私と聡は1stを吹くことになった。2ndと3rdは、それぞれ夢愛と妃菜に吹いてもらうことになるけれど、生憎この日は夢愛が欠席していた。妃菜に「どっちがいい?」と聞いてみたけれど、どっちでもよいというので、取り敢えず2ndの楽譜を渡した。

 

 舞台のセッティングを2通り試すことになった。椅子のセッティングは苦手意識が強い。これは生活している中で確信に近いものを得ているのだけれど、私には空間把握能力が欠如している。椅子をどこにどの向きで置いておけば正解なのか全く分からない。取り敢えず前に後ろに動かして、後で聡に直されていた。

 

 合奏が終わった後、聡が

「傘壊れたまま帰るのきついな、誰か召喚しないと」と、私に呟く。

 練習前に傘のことを聞いたときは「ああ、仕方なく壊れた傘を使っているのか」と流してしまったが、どうも、ずっと壊れたまま使っているのではなさそうだ。

「あ、もう今さっき壊れちゃったんですか」

「そうなんですよ、来る途中に風に煽られて、柄が折れちゃって」

「柄が折れてたのか…、あれ、いつも歩きで来てたんですか」

「そうですよ…大体20分くらいかな?でも今日は歩きで帰るのさすがに辛いな」

「あ、結構時間かかるんですね」

「まあ、足がないから仕方ないです。来るときは真ん中の骨のところを持って来ましたよ…もう、頭に被りたかった」

「かさこじぞうみたいな感じになりますね」

 我ながら幼稚なたとえをしてしまったと思ったけれど、笑ってくれたのでほっとした。

 その後、聡はぼんやり考え事でもしていたのか、私の譜面台を畳み始めた。仕方ないので、私も彼の譜面台を畳むことにした。

「あ、大丈夫ですよ。僕畳むから」

「いや、私の譜面台畳んでもらっちゃったし」

「ちょっと畳みづらいんですよ。先輩からのお下がりずっと使ってるから」

「物持ちいいですね…」

「先輩が、そのまた先輩からもらったやつらしいんです。先輩も物持ちよかったんですよね」

 聡のいう先輩は、彼のホルンの前主人と同じ人間なのかな、と勝手に推測してみた。

 

 その夜、LINEグループへの招待が1つ入っていた。グループ名は「○○楽団成年部」。

 そういえば、いつだかの練習のときに、Yさんが「お酒が飲める人たちで成年部を作ろうと思ってます」と言っていた。確かに私の同級生は成人しているけれど、私自身は2月生まれで、まだ未成年だから「うちのパートには関係ない」と高を括っていたのだった。どうにかして断りの連絡を入れなければならない。

 招待されてからそれほど時間の経たないうちに、プログラムに載るメンバーの名前と一言が間違ってないか確認して教えてほしい、との事務連絡が入った。取り敢えずこちらを先に連絡してしまおう。

「こんばんは。名前、一言間違いありませんでした」

「連絡ありがとうございます。成年部にもぜひ参加してくださいね」

「招待していただいて嬉しかったのですが、まだ未成年なんです」

「あれ、何月で成人でしたっけ?」

「2月です…」

法令遵守だねえ、ノンアルコールで来ます?キリンジの話でもしようじゃないですか!」

 キリンジの名前を出されてしまったら、抗えるわけがない。行くしかない。さらにこんなメッセージが続いた。

「今度ビルボードのDVD貸しますよ。ニュータウンから始まるやつ」

 検索してみたところ、10周年のDVDのようだった。千年紀末も冬来たりなばも入っている。DVDプレーヤーを持ってないから、なんて理由で断ることはできない。持っていなければ買うのみだ。

「ありがとうございます!次の練習会、楽しみにしてます」

 いつも頑張っている自分に神様がご褒美をくれたのだろう、と本気で思った。

 次の日、さっそくDVDの曲目で再生リストを作って予習を始め、DVDプレーヤーを求めて中古屋と電気屋を回ったのだった。